DEAR.八戒 07|溶炉

八戒とキスした。いや、自分からしたんだけど。
でもまさかあんな風に答えてくれると思わなくて。ていうか八戒のキスはもっと優しいと思っていた。頬を包み込まれたり、優しく抱きしめられながらそっと触れたり、そんな感じの。勝手にスマートな姿を想像していたものだから、この感情をどう処理していいのかわからない。

「その話、聞かなきゃダメ?」

夕方三蔵と悟空が帰ってきて、それから随分と遅れてフラフラ戻ってきた悟浄をとっ捕まえてみんなに「今日は二人で食事に行くから!」と宣言し、無理矢理引っ張ってきた。
三蔵たちにはちゃんと食事を作ってきたから心配ない。本当の所は何もしないで八戒の隣に座ってるのが無理だったから何かしなきゃと思う一心だったわけだけど。

「だって」
「わかった、じゃあ具体的な行為の説明は省け」

騒がしい定食屋の片隅に二人で座る。悟浄は煙草をくゆらせながら心底面倒臭そうな顔をしてそう言った。

「……じゃあ端的に」
「おう」
「八戒は野獣だった」
「ブッ」

説明は省けなんていうものだから、どうにかあの八戒の衝撃を伝えるための言葉を探した結果、出てきた言葉がそれだった。これ以上簡潔になんて説明できない。

あの八戒は王子様的なそれではなくて、どちらかといえば獣のような猛々しさを感じた。それなのに眉尻を下げて困ったように笑っていて、なんとも説明がつかない態度。複雑な感情をぐちゃぐちゃに混ぜて、それに笑顔で蓋しているような。

「……で、ナニ、好きになっちゃった?」
「なっちゃった……」
「フフ」

もはや悟浄は私の一喜一憂を楽しんでいる。
ほんの半年も前の私ならこんな姿絶対に想像できなかっただろう。この私が悟浄に八戒が好きだと相談するなんて。

「ねえ私チョロすぎない?」
「…………相手が八戒じゃ仕方ねーんじゃね?」
「そういうもの?」
「まあ、色んな意味で」

色んな意味。
確かに八戒を好きになる理由なんていくらでもある。それに私にも“やっぱり八戒だし”という気持ちが無いわけではない。
だけど、自分からキスしておいて今更だけど、どうせもう次に二人きりになったら私はもう八戒に溺れてしまうだろう。それが怖いのだ。今の私はこんなにチョロいのに。

「あんま気にすんなって、チョロくたって良いんじゃね?」
「やっぱチョロいよね」
「しょうがねーだろ、相手が全力で落としに来てんだから。大体お前、最近溜まってんだろ? そんな時に八戒に迫られて断るなんて無理無理、八戒舐めんなよ」

なるほど確かに。と納得する気持ちと、あんたは八戒のなんなんだよという複雑な感情が入り交じる。
この間からやけに八戒の肩を持つ悟浄に若干腹立たしさを感じた。やはり女の事となれば男の肩を持つのは当然の事なのかも知れないが。

「とりあえずヤれば?」
「!!」

悟浄があっけらかんと言い放った言葉が私の脳天を突き刺した。なんて酷いことを言うのだ。私の気も知らないで。八戒の気も知らないで。
……あれ、私は八戒の気をきちんと受け止められているのかな。私も偉そうなことは言えないけど。だけど。

「なんでそんないい加減なこと言うのよ」
「つーかお前ら頭でごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ、結局キスしてうまく行ってんなら先に身体動かせや」
「やれるもんならやってるわ、怖いんだって……」

怖い、という言葉に反応した悟浄は意外そうな顔をしつつも、だらしなく座った姿勢を改めて私に向き直した。

「……処女?」
「え、そう見える?」

消し去りたい過去が消えたような気がして喜びが孕んだ目でワクワクしながら悟浄を見れば、私をじっと見つめてからため息をつかれた。見えないのか。見えないんだな。がっかりである。

「ねえ私が八戒に超惚れちゃって超ヤバイ女になったらどうする?」
「ヤバイって何」
「八戒にまとわりついてデレデレしたり、悟浄に嫉妬して殺そうとしたり」
「こわ」
「八戒と寝たらそうなりそうで怖い」

私が本心を吐露すると、悟浄は深く唸ってグラスの底に残った焼酎を飲み干した。私はすかさず手前にあるボトルからそれを継ぎ足し、暗に今日はとことん付き合ってもらう事を示唆する。

「なんでそーなんの」
「女として八戒に愛されるってそういう感じかなって。いや、八戒がどうとかっていうより、私のせいなの。最近自分の身体とか精神がおかしい気がする、チップ取ってから」
「……それ以外になんか変化あったか?」

少し力を入れただけなのに意図せぬほど強力になってしまう。
妙にムラムラしてなんでも性的な事に結びつけようとしてしまう。
感情のコントロールができなくて、振れ幅が酷い。
ちょっとした感情ひとつで心臓の奥がぐらぐら燃えていく。
思い当たる節をひとつずつ告げると、悟浄は眉間に皺を寄せて私の手を取った。

「これって妖怪化?」

私がずっと考えていたひとつの仮説。悟浄ならきっと答えがわかるはずだ。

「わかんねーけど、俺にソックリ」
「じゃあそのうち慣れる?」
「どうかな、知らね」

優しい態度とぶっきらぼうな言葉がちぐはぐで噛み合わない。苦い表情のまま私の手を強く握りしめる悟浄を見て、出会った頃の強引な悟浄を思い出した。

「だけど、俺はフツーに生きてるぜ? 俺なりにお前らを特別視してるつもりだけど、お前らに溺れたりなんかしない」
「……」
「お前とか八戒とか、監禁も束縛もしてないだろ」
「……したいと思ったことがおありで?」
「…………昔の話だって」

まさか悟浄の口から監禁や束縛という言葉が聞けるとは思わず、うっかり話が横道に逸れた。
茶化すかと思いきや冷や汗をかきながら素直に認めたあたり、私の身に起きている怪奇現象に真剣に向き合ってくれているのだろうか。

「まーとにかく。お前も大丈夫だから。俺も居るし。八戒もいるし。つーか、みんな居るし」
「……うん」
「だからお前はお前の気持ちに従え」
「……本当に平気?」
「平気。男舐めんなって」

異端な身体で生まれてきて、数奇な人生で異端中の異端な身体に改造されて、やっと元の姿に戻ってそれでも結局異端でしかない。
折れてしまいそうなくらいきつく握られて骨が軋む。その痛みが今はとても心強かった。

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