4th day. この道は古い地図には載っていません

マルチーズ。スコティッシュフォールド。薬局のカエルのマスコット。コンビニスイーツ。イタリアブランドのハイヒール。東京駅。寿司(海老)のキーホルダー。白いワンピース。子供。

これがここ数日で所長が「かわいい」と言ったものたちだ。あまりの一貫性のなさに、これらをメモした手帳を前に頭を抱えていた。

「なによ、朝から難しい顔しちゃって」
「所長のいう『かわいい』ってなんなのかな、って」
「呆れた、その話題まだ続いてたの」
「だって知りたいんですよ」

迷い犬のミルキーちゃんは水曜日に見つけてすぐに依頼者の元へ帰っていったし、例のモデルには内容証明が届いてみないと話が進まない。あとは今日の午後に新しい相談依頼が入っているくらいで、実は今、とても暇だ。
暇になるといつも所長のことを考えている。
これは今に始まったことではないけれど、今回の場合はちょっと謎が深い。

「かわいいってなんですか」
「なに中学生みたいなこと言ってんのよ」

やや離れた隣の所長のデスクからはため息が聞こえてそちらを見やれば、パソコン画面を見たままの所長が馬鹿にしたように眉尻を下げて口元を緩ませていた。何その表情、かっこよすぎ。
思わず見とれていると、返事をしない私を心配した所長と目が合った。

「アンタちょっと最近浮かれすぎ」
「すみません、自覚はあるんですけど」

少しでも可能性が見えたことに喜びを隠しきれないがあまり、最近の私は確かに所長を見すぎている。それでいて更に暇とあれば、見たいという衝動を自力では制御しきれないのだ。
とはいえ本人に直接注意されてしまってはなんとかせざるを得まい。
手持ち無沙汰にしているからこうやって浮ついてしまうんだろう。こんな時はDMの準備に限る。

「はあ…… ポケットティッシュやりますね」
「アタシが持って来るから待ってなさい」
「え、ありがとうございます」

立ち上がろうとする私を制した所長は、倉庫兼休憩室の隣室から大きな段ボール箱とチラシの詰まった紙包みを持ってきてくれる。
言わずもがな、所長は私に荷物を持たせたりしない。業務のことだというのに、お客様の対応中でもない限りは大抵こうして手伝ってくれた。
そういうことするから見ちゃうんですけど。とは言えず、無心になってチラシをポケットティッシュの隙間に差し込む。

「……明日の夜、飲みに行かない?」
「え、はい。え!?」
「行くの、行かないの?」
「行く! ますけど、どういう風の吹き回し……」
「上司が部下を飲みに誘うのなんか普通のことでしょう」

それはそうだけど、所長が私をプライベートに食い込んだ時間にお誘いしてくれるなんて、超簡易歓迎会以来初めてだ。そんなの驚くに決まっている。
てっきりそういうのは苦手なんだと思っていた。取り憑かれたように仕事している時もあれば死んだようにぐったりしている時もあって、プライベートは捨てているものかと。

「たまにはいいじゃない」
「もちろんですよ、私予定なんにもありませんからいつでも誘ってください」
「アンタ言ってて悲しくならないの、年頃のくせして」
「こっちの知り合いは所長だけなので」
「重いわー」
「え」

失言だったか。今のままの私では多分ダメだということはわかっているけれど、重いのはどうやったら改善できるだろう。この歳で新しい友達なんか、無理に作ろうとは思わないしな。
今の私は端的に言って「所長に夢中」で、それ以外目に入ろうとしない。どこにいても何をしていても所長のことばかり考えている。

……うん、確かに重いな。

また深く考え込んでいたようで、今度は目が合うばかりか所長に肩を叩かれてハッと意識を取り戻した。

「ちょっと、ナマエ?」
「すみません、また考え事を」
「重いなんて冗談よ? 別にそんなこと思ってないんだから……」
「所長」

所長は「申し訳ないことをした」とでも言いたげな困惑した表情で私を見ていた。心配、とか、不安、とか、そういった感情がにじむような表情だった。
私が所長の感情を動かしたのだろうか?
所長は少しでも私を思って、こんな顔をしたのだろうか。

「なによ」
「飲みに行くの、楽しみにしてますね」

嬉しさは、隠さなきゃ。また浮足立ってしまうから。出来得る限り感情を抑えてそう言って微笑めば、所長はまだどこか不安そうに微笑み返してくれる。
その結末はどうにも胸にストンと落ちてくれず、不安めいた所長の微笑みは喉にひっかかる小骨のように、しばらく私を支配していた。

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