2日前、突然屋敷を出ると言い出して、何事かと思えば遠出するから戻れないとかなんだとか。
いつもみたいに私を置いて行くのかと思えば、さっさと用意しろ、とぶっきらぼうに言い捨てたクロコダイルと一緒に、私は初めて旅客船というものに乗った。
初めての船室から眺める海がもっと近くで見たくて、部屋から出ようとして喧嘩になったのはその日の夕方の話だ。クロコダイルに「甲板に出てくるね」と告げ、扉を手をかけた所で後ろから襟元を引っ掴まれて、ベッドに投げられた。
「いいか、お前は外に出るな。部屋とトイレと食堂以外の移動は禁止する。わかったか」
「えー、なんで!」
「なんでじゃねえ。お前がウロチョロしてると迷惑だ」
「せっかく連れてきてくれたのに意味ないじゃん」
「うるせえ、人質にされて死にたければ勝手にしろ」
クロコダイルの馬鹿!
と、怒っては見たものの、後々考えてみれば、『(一応)いつ命を狙われてもおかしくないクロコダイルが、(多分)恋人であるただの女を連れ歩く事がどれだけ危険かわかってんのか』みたいな事を言いたかったのかと思うと、そんなことも素直に言えない大柄で過保護なおじさんが可愛くて、おとなしく部屋にいることにした。
「何ニヤニヤしてる」
「別に?」
「言いたいことがあるなら言え」
「私の事好き?」
眉間にしわを寄せて、ものすごく不機嫌な表情を作ったクロコダイルは、舌打ちをして部屋を出て行った。
それにしてもあれから2日、大した用意もせずにやってきたせいで船室はとても退屈で、本当に海を眺めることしかできなかった。
クロコダイルは船室のデスクに向かって書類仕事をしていたし、ろくに会話を楽しむ事もない私は、かなり暇を持て余した。寝るか食べるかしか選択肢のない生活では、ほとんどをベッドの上で過ごすことになる。
「暇ぁ」
「……」
「クロコダイル」
「……」
「ルビイ」
「……」
「インペルダウン、あー負けちゃっ「うるせえよ」
天井を見ながら一人しりとりをしていたら、クロコダイルがドスドスと大きな物音を立ててこちらに向かってくる。私の隣に座ると、面倒くさそうに顔をおろしてキスをしてくれた。
優しく頭を撫でられると、顔が熱くなるのを感じた。その薄い唇が名残惜しくて、クロコダイルの首に腕を回して、んん、と甘えた声を出すと、今度は深くキスをくれる。
「黙ってろ」
「ん」
「明日には着くから」
「……わかった」
普段、無表情か薄ら笑いか怒った顔しかしないクロコダイルの優しい顔は卑怯だ。
眉尻を下げて、歳相応にシワができた目元を細めて見つめられるなんて、黙るしかなくなってしまう。言い聞かせるように頭を撫で付け、またデスクに戻ってしまった。
そうか、明日この船旅も終わるんだ。
窓際に置いてあるカレンダーがふと目に入った。明日はクリスマスだ。冬島のクリスマスの本を読んでからずっと憧れていた。
大切な人と過ごして、1年ごとにひとつずつクリスマスツリーという木に、オーナメントを飾るらしい。そして、一緒に過ごした大切な人に、愛を込めてプレゼントを贈る。
アラバスタにはクリスマスらしいクリスマスなんてないけれど、いつかクリスマスをしてみたかった。
どうせ馬鹿にされるから、クロコダイルには言えないでいたけれど、プレゼントくらいなら私だってできるかもと思って、今年は少し考えていたのだ。
考えてはいたけれど、クロコダイルが欲しがるものを私が手に入れられるわけがない。どう考えても私があげるものよりも、クロコダイルが自力で手に入れるものの方がよっぽどいいものだ。
クロコダイルには何をあげたら喜ぶのかな。養ってもらっている身分で、クロコダイルにプレゼントなんておかしいかな。
いつかクロコダイルとクリスマスをしてみたいな。
* * *
「おい、起きろ」
「んっ」
「起きろ」
「クロコダイル」
いつの間にか眠ってしまっていたようで、クロコダイルに揺り起こされた。目をこすりながら体を起こすとクロコダイルからコートを渡される。
コートなんか持ってきたっけ?
記憶を辿るのもままならないうちに、クロコダイルにコートを着せられて横抱きにされた。問答無用でその場から連れ去られ、今まで私が足を踏み入れた事のない船内の景色が続く。
あまりの意味不明さに動揺してクロコダイルを見つめた。
「えっ、クロコダイル、どうしたの?」
「……」
「なんか言ってよ、ちょ」
何度目かの扉をくぐると、冷たい風が吹き付けて、しばらく歩いた先で降ろされた。
寝ている間に陽は落ちていて、ポツポツと冷たい雨みたいなものが顔に触れる。
「あれ見てみろ」
「え」
クロコダイルが顎で指した先には、キラキラと輝く街並みがあった。
街灯と、それだけじゃない、色とりどりのネオンが燦々と輝く。街並みの中に、一際大きな木。すぐにわかった。あれはクリスマスツリーだ。ところどころに白い雪が積もる。
もしかして。
この雨みたいな冷たいものは雪?
甲板の鉄柵にはそれを証明するように白いものが積もっていた。
「冬島…!」
どうしよう、上手な言葉が何も出てこない。
目の前の絶景、クリスマスをクロコダイルと過ごすこと、何も言っていないはずの夢をクロコダイルが知っていること。
言葉にならない感情がどうしようもなく溢れて止まらない。声も上手に出せない。
「……」
「どうした?」
「……大好き」
クロコダイルにしがみつくように抱きついて、精一杯の言葉を発した。
私の頭に降る雪を払うように撫でられて、そのままキスをされる。相変わらず、クロコダイルはずるい。こんなタイミングで、射抜くような熱い視線で見つめ合うなんて。
何度も角度を変えて繰り返す優しいキス。本当にずるい。
「っはあ」
「……明日、あの島に着く」
「えっ!? なんで!?」
「なんでだっていいだろ」
「あの島に用事があるの?」
「まあな」
「なんの用?」
「……」
「……もしかして、私のため?」
「……まあな」
「!!」
珍しく素直になったクロコダイルを見上げると、優しい顔だった。どうせ不機嫌な顔をしていると思ったのに。
今日はなんなんだ!
今頃アラバスタには嵐が来ているかもしれない。
「大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き!!!」
「うるせえよ」
クロコダイルの腕にぎゅうっと抑えこまれ、きつく抱きしめられた。
「あっ」
「なんだ」
「私プレゼント用意してないから、でもその、あの、クロコダイルが欲しいものが」
「馬鹿野郎、お前のプレゼントなんざいらねえよ」
「そ、そうだよね」
お前は生きているだけで宝物だ
「えっ?」
「……」
「今のもう一回言って」
「何も言ってない」
「言った!」
「言ってない」
「言ったじゃん、嘘つき!」
「戻るぞ、風邪ひいたら殺す」
「あっ待って! 明日ツリー買ってもいい?」
「ああ」
「オーナメント一緒に選ぼうね!」
「ああ」
「一緒にお風呂入ろう!」
「……」
「ね!」
「ああ」
「やったー! クロコダイル大好き!」
「ああ」