帰宿したら部屋の外までナマエの声が響いていた。ほんの数時間前までお経を聞いていたとは思えないほど低俗なセリフを連発するナマエに、思わず怒鳴ってしまった。
「やめなさい、子供もいるんですよ!」
「あっ八戒いい所に来たな、パス! じゃあな!」
「チッ逃げたな」
「逃げたなじゃありません、まったくなんて話してるんですか」
ベッドに腰掛けているナマエの前に椅子を引いて座り、若干のお説教モードに入る。さすがに大声で連発はまずいでしょう。これでも我々だって女性として扱っているつもりなのに。
どう諭そうか考えていると、ナマエはこっちの様子など気にもとめない様子で口を開いた。
「ねえ、本当に本当に本当の所、八戒はどうしてるの?」
「なにがですか」
「性欲」
なんでしょうか、この第二次性徴期みたいな会話は。あなたいい歳した大人でしょうに。
とはいえ今までも度々こんな話題は出ていたし、ナマエがやけに気にしていることは知っている。早く終わらせるつもりとはいえ、確かに男女で逃げ場もなく旅を続ける上で切り捨てられない問題ではある。ナマエなりに真剣に向き合っているのだろうし、逃げ続けても困るのはどちらかというと男性である僕らかも知れない。
「まあ僕はEDみたいなものですから」
「えー、じゃあなにもしないの?」
「しませんね」
「勃たないの?」
「……結構突っ込んで聞きますねえ。勃ちますけど、出さなくても良いんですよ」
まるで思春期の子供を育てているような気分だ。
悟空もそのうちこんなことに興味を持ったりするのだろうか、などとどうでもいいことが頭をよぎる。
「ちゃんと答えてくれるから八戒って大好き」
「そうですか、ありがとうございます」
「私の性欲はどうすればいいと思う?」
「僕は男なのでわかりません」
一体どんな答えを望んでいるのだろうか。
少なからず大切な人であるナマエに、僕が「その辺の男でも買ったらいかがですか?」なんて言えるわけがない。
「悟浄は特定の人としろって言ってた」
「そんな無茶な」
「でしょ!? 現実問題八戒としろってことだよね!?」
「えっ」
あまりの飛躍的解釈に一瞬めまいがした。
悟浄とどんな話をしていたか、詳しくは知らないけれどそんなこと絶対に言っていないはずだ。……いや、悟浄も悟浄で変な気遣いをするから、逆にナマエに恋人ができるなら僕が良いと素で思っている可能性も否めない。
まったくややこしい話にばかりする男女で嫌になる。間に挟まれる僕の身にもなってほしいものだ。
ナマエの本心は明らかなるものであるし、とりあえず否定しておくに越したことはないだろう。
「……それは違うと思いますが」
「そうかな、じゃあ三蔵か悟空とってこと……?」
神妙な面持ちで悩んだ素振りをしているナマエを見ていると、呆れを通り越してむしろ笑えてくる。ナマエの思考回路がここまで悟浄中心になっているとは。
さて、そんなこと相談されて、僕が悪い虫ならどうするつもりだろうか。
「それも違うと思いますが」
「でも絶対に俺としようぜってことじゃないよね?」
「それはまあ、そうでしょうね」
「やっぱり八戒じゃない?」
「うーん、」
悩んだふりをして視線だけナマエに向けると、いつものキョトンとした顔でどうしたらいいかわからない様子だった。まるで隙しかないその態度に、良いやら悪いやら、僕たちが甘やかした結果を見せつけられた気分だ。
「そうだったらどうするんです?」
「どうしようかと思って」
そんな曖昧な答えで納得するような男じゃなかったら、どうするんですか?
静かにナマエの横に移動したものの、彼女はぴくりとも反応しない。悟浄に言わせてみれば男の腕の見せ所だろうが、生憎躊躇いしか持ち合わせていない僕にはできそうもない。ナマエが煽りさえしなければの話だけれど。
「ねえナマエ、僕はお手伝いできるタイプの男だってご存知でしたか?」
「え、……あ」
優しく押し倒してみると、潤んだ瞳で見つめられた。無自覚だからタチが悪い。
時々彼女から細かい仕草から男を立てることが染み付いているのを感じることがある。悟浄と生活を共にするまで、ずっとこうして流されてきたのだろうか。それともそれなりにかいくぐってきたのだろうか。
どちらにしても今のままのナマエでは、この環境においてやや扇情的すぎる。
「大丈夫ですよ、僕、いつもどおりの態度でいられますから。ナマエがそんなにしたいなら、しましょうか」
「えっあの、八戒、なにを」
「セックス」
「だめ、だめ、うそ、ごめん」
「本当に嘘?」
首筋にキスをすると、びくんと震えて縮こまった。僕の胸にか弱い手のひらがふたつ添えられて、なかなかの強さで押し返される。
よかった、ナマエに少しでも抵抗する気があって。お灸を据えるつもりで首筋を噛む。
「あっ」
「……冗談ですよ。まったく、僕が本当に襲ったらどうするんですか」
「ほ、本当、ごめん、なんか甘えてたみたい」
「僕たちが意識しないようにしてたのも悪いですが、一応男だってこと忘れないでくださいね。三蔵も悟空もですよ」
「わかりました」
釘を刺す用に目を見て言うと、何度も小さく頷いた。多少は響いていると良いけれど。
「あなたのことはみんな大切に思ってますけど、大切にする方法は人によって違いますからね」
「はい」
「おーい、八戒! ……はっか…… ナマエ?」
「あっちがっ、あのっ」
なんというタイミングの悪さか。
ノックもせずにいきなり突っ込んできた悟空には、僕がナマエを襲っているように見えただろう。まあ間違いなく襲ったけれど、そういうつもりじゃないようには見えまい。
これは面倒なことになってしまった。
密室とは言え軽率に行動してしまったことを後悔しつつ、「ごめん」と言って部屋を飛び出していく悟空の背中を見送った。