久々に面白い事が起きたと思った。
高揚する気分に任せて、自由に手足を動かしながら暴れる気分は最高だ。気に入らねえ看守どもをぶっ飛ばしていると、20余年前に戻ったような気持ちになった。
あのまま燻るつもりはなかったが、こんな事態になるとは予想外も甚だしい。
なんだかんだ言ってもやはりダズと共に闘うのは悪くなかった。
「もうすぐだな」
「ああ」
まもなくジジイの首に辿り着けると思うと、武者震いにも似た寒気で肌が粟立つ。
しかもこんなおもしれえ脱走劇までかまして、40も後半に差し掛かろうとしているくせに年甲斐もなく胸が高鳴っている。
「……ナマエは」
「ァア?」
「置いてきたんだろう」
脱獄して、どうするんだ?
つまりはそういうことだろう。
この胸の高鳴りにナマエは関係ないだろう、そうじゃないか?
おれに何かあった時は、おれのことは忘れろと言いつけておいた。緊急時のための金や住処はすべて手配しておいた。
おれが最後に見たのは「はやく帰ってきてね」と言って笑うナマエだったが、ナマエが最後に見たおれは海軍に連行される姿だろう。
それもニュースや新聞で。
自分の気持ちに蹴りがついているかと言われると疑問だが、ここから出てもう一度グランドラインの入り口で小賢しく金稼ぎしたいかと言われるとはっきり違うと言える。
けどナマエはアラバスタにいるべきだ。おれが言うのもなんだが、あそこは安全だ。
だがしかしおれの居場所はアラバスタではない。
「クロコダイル!!」
「おい、そんな真似はよせ」
こんな場面で茶化すなんて心底信じられねえ趣味の悪さだ。
ナマエの声色を真似ておれを呼んだダズを睨みつける。
「なんのことだ」
「ああ? とぼけるな……っあ!?」
完全に油断していたおれの腰に衝撃が走った。
ペットがじゃれつくようにまとわりつく腕が、強くおれを掴んで離さない。
胸よりも大分下に位置する後頭部には、見覚えのあるつむじがひとつ渦を巻いている。
「クロコダイル!」
思わず目を見開いた先には、囚人服を着たナマエがうっすらと涙を浮かべていた。混乱で言葉にもならない。
聞きたいことも言いたいことも山ほどあるが、言葉にまとめる術がない。
「まずい、また追手だ」
「ダズ、任せる」
「ああ」
この混乱の最中ではおちおち話もしていられない。
追手の始末はダズに任せて、ナマエを抱えてひたすら先を目指すしかなかった。状況に理解が追いつかないまま手に入った宝物ほど、すぐに喜べないものもないな。
「おまえ」
「会いたかった……」
「何して捕まった」
「……海賊になって、いろいろと犯しまして」
「おまえごときがレベル6に入れると思ったのか」
「だって、……」
何度見たかわからない悪夢で何度も抱いたナマエを抱えていても、説教の言葉しか浮かばない。
その上、状況が状況で再会を喜ぶ暇すらない。
おれが言葉を投げるごとにナマエは強ばって必死にしがみつき、ついに涙をこぼした。周囲に攻撃しながらではその涙を拭ってやることも出来ない。
やはりナマエはアラバスタにいるべきだった。
「私だって戦えた」
「捕まってるじゃねえか」
「でも賞金もついた」
「いくらだ」
「……50万」
「洒落にもなんねえな」
雑魚にもならないレベルの賞金がついた程度でよくインペルダウンでおれに会いたいなどと言えたもんだ。
その勇気だけは買ってやろう。しかしおれは望んでいない。
「アラバスタに帰れ」
「え……」
おれに掴まる腕の力が抜け、うっかり落としそうになる。つい舌打ちを鳴らしてからナマエを抱え直した。
血の気が引いた表情は絶望とも言える。
「脱獄した囚人は一生追われるだろう、賞金も上がって賞金稼ぎにも狙われる」
「……」
「おれの愛人だってことがばれたら、捕まったあとは拷問かも知れねえな」
「……」
「おまえがしたのはそういうことだ」
気でも失ってるんじゃねえかというほどに無反応で、ちらりと様子を盗み見たが、ただただ目を見開いて震えていた。
かわいそうだが躾も大事だ。
「1人で生きていけ」
「わかった、もう、クロコダイルに会いたいなんて思わない、1人で戦う、戦えた、大丈夫」
「……」
再びナマエの腕に力が戻ったかと思うと、今度は抱きしめるようにぴったりと寄り添った。
最後の時間になるとでも思っているのだろう。
そのくらいの覚悟でいてもらわなければ困る。
そうでなければ
「おれと一緒に来てもいい」
「え?」
「命狙われる覚悟があるならおれと一緒に来い」
「く、クロコダイル……っ、」
わんわんと泣き叫ぶものだから、敵が沸いて仕方がない。こんなの鳴りっぱなしのブザーみてえなもんだ。
ナマエの顔を胸に押し付けて片っ端から片付けていく。
過保護もよくないのはわかっているが、つむじを見ていると悪くないという気になってしまうのだから困る。
「お金も新しい家もいらないから、だからどこにも行かないで、お願い」
「ああ」
「もう絶対置いていかないで、どこにでもついていくから」
「バカ野郎」
思わぬ再会に素直に喜べるのはもっと先のことになるだろう。
馬鹿な女を愛してしまったものだ。
馬鹿の責任はおれが取ってやろう。
1人で震えて泣かせておくのと、ともに逃亡生活を送るのなんて、大差ないほどにどちらも不幸だ。
今更だった。
「クロコダイル、愛してる」
「ああ、続きは後でな」
こんな戦場で間抜けな会話だと我ながら思う。
馬鹿な女には馬鹿な男がお似合いなわけか。
少し黙ってろ、と言ってした久しぶりのキスは懐かしい味がした。
「ダズ、助かった」
「礼には及ばない」
「こいつ賞金首だとよ」
「いくら?」
「50万」
「冗談だろ」