クロコダイル|失言とか後悔とか

私の居場所は広い屋敷の広い部屋から、大きな船のほかの部屋より広い船長室になった。
“広い”と言ったって、かつての自室に比べればクローゼットのような大きさだけど。
クロコダイルがこだわったベッドとデスクが殆どのスペースを占領していて、私の定位置はベッドを選ばざるを得ない。
まあ確かにこだわっているだけあって座り心地も寝心地も海の上とは思えないほど最高なのだけど、靴をいちいち脱いだり履いたり結構面倒なのだ。戦闘を終えたあとくらい、だらしなく一息つけるような場所があればいいのに。
と、贅沢を言ってみたくなるけど、正直自分の戦闘力が彼らに及ばないにも程がありすぎるので何も言えない。

「今日は大丈夫だと思ったんだけどな…」

さっきの戦闘で作ってしまった頬の傷に触れると、指先に血がついた。かすり傷にしては結構な出血かもしれない。
手当が必要なんだろうけど、何もする気になれなかった。
だってさっきの敵は明らかに雑魚だった。ダズとクロコダイルは表情ひとつ変えずに、ひねり潰した。
しかも明らかにその中でも下っ端の下っ端の下っ端みたいなやつを私に誘導した。それでも私は怪我をした。足手まといがしゃしゃり出て恥ずかしい。

「今日も遊ばれていたな」

物音も立てずにいつの間にか部屋に現れたクロコダイルが、ニヤリと笑った。
クロコダイルはいつも戦闘の後にコートの手入れをする。今日もベッドに腰をかけて丁寧にブラシをかけるようだ。

「せめてクロコダイルたちが相手しなくていいくらいの敵はひとりでなんとかできるようになりたいな」
「……おれたちを襲う敵はおまえからすれば手足も出ない強敵か、おまえが軽く捻られるくらいの敵だが」
「わかってるけど」

今日のみたいなのは敵が馬鹿すぎるだけ。
七武海から除名になったせいか、時々落ち目のジジイだと勘違いした輩が現れるのだ。億の手配書が出回っているのにも関わらず。
そんな馬鹿相手にすら苦戦する自分が情けない。

「大体おまえは今更これから立派な戦闘員になれるほど若くない」
「……あなたより若いんですけど」
「おまえの貧相な身体と比べるな」

視界を遮るように現れたクロコダイルの上体は、あっという間に私を覆って両手を上にまとめあげた。
なんとなく抵抗してみるものの、やはりびくともしない。
そもそもクロコダイルの片手に私の両手首が収まっているのだから、この時点で力の差は歴然だった。

「年寄りに負けているが」
「勝てたら何億もらえるのかしら」
「弱点だらけのくせに勝てると思ってんのか」

降ってくる唇は確実に私の咥内を犯す。
蠢く舌が歯列を舐り、舌に滲む水分がすべて奪われるような感覚に陥った。
吸い尽くされるようなクロコダイルのキスは、何度経験してもぞくぞくしてしまう。彼の長い舌の先が顔を這うと、それだけで飛んでしまいそうだった。

「思いのほか酷い」
「んっ…」

頬の傷が痛む。
傷口をいたわりたいのか、それとも広げたいのか、しばらくして答えがわかった。
ちゅ、と官能的な音を立てて離れていく唇は、確実に私の血を吸っていた。

「…私、本当にここに居ていいのかな」
「足手纏いかって?」
「それもそう、だけど、」
「なんだ」
「私が原因で誰かが怪我したり死んだりしたら、嫌だな」

本当に思ったことを言っただけだったけど、クロコダイルにこんなことを言うのは我ながらずるいと思った。
クロコダイルはそれ相応の覚悟で私を連れてきたはずだ。
私のために自分が死ぬ可能性も、自分のために私が死ぬ可能性も、きっと悩んだ末の未に私はここにいる。

「その覚悟ができない奴は俺の船には要らない」
「…」
「原因がお前かどうかなんて関係ない、お前もその覚悟ができないなら置いていくまでだ」
「…そうだよね、大丈夫、わかってる」

真剣な目に射抜かれて軽々しく弱音を口にしたことを後悔した。
わかっていたことなのに、立て続けの怪我と一向に上達しない戦闘術のせいで血迷ってしまった。
クロコダイルは私よりも余程も厳しい世界で生きているのに、弱音を吐くだなんて。

「……辛いか?」
「辛くないとは言えないけど、それでもクロコダイルの傍にいたい」

クロコダイルは私の腕を解放すると、なんとも言えない苦々しい表情をして、私の頭を抱いたままその顔を首に埋めた。

「俺もお前と同じだ」

消え入りそうな微かな声で、確かにそう言った。
背中に手を回しても左右の手は繋がれず、その広い背中は逞く筋肉でできた鋼のよう。
それだというのに今はとても弱々しく、クロコダイルも私と同じただの人間だと思い出させた。

「クロコダイル、愛してる」
「…ァア、、愛してる」

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