「なんだその顔は」
「考え事です」
「不満があるならおれの上からどけ」
「それは嫌です」
舌打ちをして、ナマエを押しのけた。
こんなに上の空な表情を浮かべたナマエを前にして、おれの下半身は役立たずもいい所だ。おおよそ男女が裸でベッドに寝そべって欲を求め合う気分でないことは、そこが十分に語っている。
やる気も失せたし、葉巻でも吸おうと手を伸ばした所に、ナマエの手が重なった。隣から見上げてくるナマエは怯えたような、企むような、よくわからない表情を浮かべていた。
「たばこ」
「そうじゃないんです」
「アア?」
「だから、クロコダイル様のことを考えていて」
「……フン」
「何かに嫉妬しましたか」
「してねえよ」
なにがきっかけか、いつからだったか、まるで思い出せないけれど、いつの間にか生意気な口ぶりでおれに意見するようになったナマエの事を、忌々しいと思ったり愛しいと思ったりするおれは多分何かに毒されている。
こんな時、葉巻をくわえてさえいれば、すべてを帳消しにしていられる気がするのに。砂になるのは何かに負けた気がする。
誤魔化すようにナマエから視線を逸らしたところで、何が変わると言うわけでもないけれど、おれはナマエから視線を外した。
「クロコダイル様は、いつも私が喜ぶことをして下さりますけど、私はいつも何もしていないから」
伸びてきた腕が首に絡みつき、さっき振り払ったナマエの体は再びおれの上に乗った。
心地よい重さが腹に染みて、思わずその腰を撫でそうになったけれど、無性に癪でそれはやめた。
「クロコダイル様が喜ぶのって、どうしたらいいのかと、考えていたんです」
「……」
「クロコダイル様がいつもして下さること、お返ししようと思って」
小さな額がおれの額に触れて、至近距離から微笑んだ。
戦闘中、『死』が近づいた時のゾクリとする快感に似ている感情が背筋を通っておれの眉間にしわを寄せた。
「……」
「嫌なら言ってください、殴るのでも構いません」
そんなことするわけねえだろうが。
初めてナマエ自らの意思でおれに乗ったその体を、おれが殴り倒すわけがない。
頼りなげに両肩を掴まれ、首筋を舐められた。遠慮がちに噛み付いてくる歯が僅かに食い込む。
「痛いですか?」
「んなわけねえ」
「嫌ですか?」
興味を持って何かに挑もうとする人間の、キラッとする瞳は美しい。
思わずナマエの顎を掴んでその顔をおれに向けた。熱っぽい輝きをもった瞳がおれを映し、衝動的に唇を塞いだ。
「……クハハ、好きにしろ」
はい、と嬉しそうに返事をしたナマエが胸元に辿り着き、おれがいつもナマエを責めるように舐めたり噛み付いたりを繰り返す。
むず痒い感覚に違和感を覚えたものの、楽しそうにいろいろ試しているナマエを見ると無碍にすることもためらわれた。
セックスの時に演技をする女もさせる男も馬鹿だと思っていたが、まさか気持ちがわからないわけでもない事を理解する日が来るとは思わなかった。
「んん……」
「好きですか? 嫌いですか?」
「ああ」
嫌いではない。ナマエの姿を見ているのは悪くない。
だけどやはりおれは下で喘ぐのは性に合わない。
「楽しんでいる所、悪いが」
「えっ、あ」
ごろんと寝返りを打ち、おれの下に不満の表情を浮かべたナマエを捕らえた。白い首筋に歯をあてて思い切り噛み付くと、いつもの嬌声が耳に届く。
ああ、しっくりくる。やはりこの方がおれは快楽を得られるのだ。
薄い耳を噛みちぎるように舐め、腕はまとめて頭上に押し付け、ナマエの生命を脅かすようなセックスが。
「クロコダイル、さま」
「お前の望みはまた今度聞いてやる」
「んっ、あ」
胸元に吸い付いて鬱血を残す。歯形の中の鬱血がたまらなく好きだ。赤くなった耳たぶが好きだ。痛みと喘ぎで息も絶え絶えになった姿が好きだ。
ナマエの両足を割って太ももを撫でた。割った先が濡れている事に満足する。
「おれはこうしている事が既に満足だ」
「でも、あっ、んん」
「泣いているお前が好きだ」
「え、そんな」
乳首を噛み、クリトリスを撫でると、小さく悲鳴をあげた。
涙をにじませながら必死に俺を視界に捉えようとしている姿に、滾る下半身を抑えきれずに割れ目に沿わせてゆるゆるとなぞる。
クリトリスに触れるたびに喘ぐ声が心地よかった。
ふとナマエを見上げると、涙目のままおれに手を伸ばしていた。
「まだ指も入れてない」
「いいです、」
「……」
「クロコダイル様がほしっっ」
顔を真赤に染め、消え入りそうな声で呟いたナマエの言葉が言い終わる前に、濡れた肉の穴に自身を突っ込んだ。
まとわりつく肉壁が甘く絡む。クリトリスを押しつぶすと、ギュウと締め付けが増して思わず眉間にしわを寄せた。
「おれはこの方がいいが、お前はおれを責めたいか」
「ちが、」
「ん? 何言ってるかわからねえ」
「っは、だって、あああっ」
何か喋ろうとするたびにどこかしらを噛んで妨害した。胸も首も腕も腹も、おれの歯形だらけになっていく。
ナマエの喘ぎ声はいつも悲鳴だ。死ぬ間際の動物のような悲鳴をあげる。あげさせているのはおれだけれども。
ナマエの命はおれが握っている錯覚に陥るのだ。このままもう少し、あと少しだけ強く噛めば、おれはこの肉を噛みちぎる事ができるだろう。
「あっ、あ、あっ、」
いつからこんな性癖になったのだろう。ナマエが苦しそうになるほどおれは興奮し、律動を早めるのだ。
ナマエはナマエで痛がるほどに締め付けた。だらだらとよだれをこぼすように濡れそぼった肉が、包み込むように締め付ける。真綿で首を絞めるように、じわじわと。
そうやって感じているナマエを見ておれは更に興奮する。興奮したおれは執拗にクリトリスを捏ね、律動を早め、ナマエは更に悲鳴をあげる。
そしておれはまた違う皮膚に歯形を残すのだ。その繰り返しに飽きたためしはない。
「っは、は」
「あっ、あ、あ、あ、あ、クロ、ルさまっ」
首のうしろに回された腕がおれを引き寄せた。細い足がおれの腰をはさみ、離すまいと絡みつく。
「ね、お願いが、」
「なんだ」
「なか」
「は?」
「中で、出して」
「っ……」
よくわからない達成感に包まれていた。やっとこいつからその言葉を引き出せた、そんな気分だった。
そういう欲望があったわけでもなければ、そう育てたつもりもなかったけれど、やっとこいつがおれを必要になったのではないかと思った。
いつからおれはこんなだらしない感情を抱くようになったのだろう。
「んっ、は、」
「あっあっあ、あ、ああ」
「叶えてやる」
「んっう、んっ、あ」
愛しています、
と、耳元で聞こえた小さな声は、喘ぎ声になって消えた。激しい律動の末に、脈を打ちながらナマエの中に精液を吐き出す。
ナマエの胸に頭を下ろしてキスをすると、どくどくとナマエの心臓も脈を打っていた。
おれと同じリズムで音を刻む。今日もまた、殺さずにいられた。
「うれしい」
「ア?」
「あの、」
「なんだ」
「もし、あの、こ、こ、……」
「なんだ」
「こども! が、できても、産ませてください」
「……」
こんな時にこんなこと言ってごめんなさい、と泣きそうな声で謝罪したナマエが、おれの視線を遮るように顔を覆った。
ばからしい。
その手のひらを払いのけるとなんとも情けない顔でおれを捉えて、涙をこぼす。
本当に、ばからしい。
「おれがお前の事を気に入らなくなったなら、その時は殺してやる」
「……」
「それまで好きにしろ」
素直に、産んでくれ、と言えたらナマエはいつも笑顔だろうか。笑顔だけでは物足りないと思うおれは気が狂っているのだろうか。
「ありがとうございます」
へらへらと笑うナマエは、まだ繋がったおれの腰に触れてそのまま上に伸ばし、手を欲しがった。
甘やかすようにその手を取ってキスを贈る。
「あの、」
「だからなんだ」
「大好き、です」
「……」
ばからしい。
「知ってる」