宿の1階が酒場になっているなんて、今宵の俺にはぴったりの場所だ。俺の気を察したようにここにしようと決めてくれた八戒には礼を言わねばなるまい。
一応残してきた3人にも断りを入れ、八戒と隣同士で酒場のカウンターに座る。
「なあ八戒、単刀直入に言うぜ、三蔵のこと気づいてるよな?」
「三蔵のことって?」
「とぼけんなよ、三蔵がナマエに熱上げてることだよ」
「熱…… ああ、熱、っていうんですかねぇ、あれは」
八戒はいつもの掴みどころのない笑顔を浮かべながらそう言い、グラスを一度掲げ合ってから口に運ぶ。自分で飲みに誘ったもののわいわい飲むって気分でもないし、落ち込むってのもなんか違うし、妙な気分のまま淡く濁ったカクテルを啜った。男ふたりでカクテルってのも気持ち悪いが、今の気分がこれなんだから仕方ない。
「で、それが何か」
「何かってお前心配じゃねーのかよ!?」
「落ち着いてくださいよ悟浄。悟浄だって昔はナマエに彼氏ができたら応援するって言ってたじゃないですか」
「ちょっと待て、その発言には突っ込みたい所が山ほどある」
ナマエに彼氏ができたら、なんて言ってない。
応援するとも言ってない。
三蔵がナマエの彼氏なのか?
ナマエも三蔵のこと好きなのか?
俺何も聞いてないんですけど。
なんで八戒は知ってんだよ。
てゆーかそれマジ話なのかよ。
一瞬で駆け巡るツッコミを抑えて最重要な質問をピックアップして八戒に投げた。
「え、あいつら付き合ってんの?」
「違うって言ってましたよ」
八戒、お前、マジなんなの?
チクショー、みんなして俺に隠れてこそこそしやがって……
悟空にすら出し抜かれていた事にショックを受けてる俺の気も知らないで……
いや、いやいやいや。
この話になるとどうも思考がとっ散らかってダメだ。とりあえず俺の感情の話は抜き!
「誰に聞いたんだよソレ」
「三蔵です」
「お前よく聞けたな、三蔵だぞ」
「あんなにあからさまにされて聞かない方が失礼かと思って」
三蔵やナマエに対して思うこともあるが、八戒に関してはこと余計にある。
飄々と暗躍しやがって……
「ナマエの方はどーなんだよ?」
「知りませんよそんなの。気になるなら悟浄が聞けばいいじゃないですか」
「ちょい待ち、お前どっからどこまで知ってんの?」
八戒は「それだけですけど」と言って普通すぎるほど普通に透明なカクテルを口に含む。
もとよりこの男が素直に全てのことを正しく話すなど毛頭思ってはいない。だけど今はその余裕が少しばかり腹立たしく感じた。
ただひとつ揺るぎないのは三蔵がナマエに好意を持っていることだけ。
「はあ…… しっかしあの三蔵がナマエとは……」
「そーですか? お似合いだと思いますけど」
「どこが!?」
「ええ、わかりませんか?」
悪戯っぽく笑った八戒は、指折り数えるように語り出す。
ストレートでわかりやすい思考のくせに、何故かそれが行動に直結できない、ひっくるめて面倒くさいナマエ。そして、面倒くさければ面倒くさいほどどうにも気になってしまう三蔵。
この時点で恋に落ちる要素なんて十分じゃないですか? 四六時中一緒に旅してるわけだし。きっかけなんてそこら中にありますよ。
なんて、指摘されてみれば「そうかも」と納得してしまう自分がいて複雑な気持ちになった。
「ナマエの方は知りませんけど、彼女が三蔵の誦経に熱心なのは事実ですしねえ」
どうにかこうにかなる可能性はゼロじゃないですよね、って、そりゃそうだ。
……そうだな、だけど。
よく考えてみれば、それは八戒や俺、百歩譲って悟空が相手だった可能性もゼロとは言えない。
「……嫌なんですか?」
「嫌じゃねーけどよ」
「誰なら良かったんです? 僕ですか? それとも悟空?」
「誰も良くねーよ!」
「じゃあ悟浄なら?」
呆れたように問う八戒は、目を伏せてカクテルグラスをじっと見つめた。
「俺、も、駄目だけど……」
「前も言いましたけど、セックスするなら特定の相手としろなんて言ったら、4択しかないんですよ。彼女の中には」
この意味わかりますか?
久しぶりに真剣な声色を聞いた。
バーを選んでよかった。俺は今、八戒の顔すら直視できない。
「僕は彼女を一生飼い殺しになんかしたくありません」
「飼い殺しだなんて、そんな」
つもりなかったけど。
でも。
八戒の言う通りだ。
ナマエが恋人を作ろうとしたら、それは応援すべきだ。例え相手が三蔵だろうと。もしも三蔵と深い仲になって、帰る家が同じではなくなったとしても。
三蔵とナマエがイチャついている所を想像して、妙に苛立つのは何故だろうか。色素の薄いあの金髪美人の隣に、白が似合うナマエの遠慮がちで可憐な笑顔はよく似合う。似合うのに。
「……俺もさ、なんで嫌っつーかモヤモヤするのかわかんないんだよな」
「独占欲に決まってるでしょ。僕だって応援しているとは言えモヤモヤしてますよ」
「え、お前そーゆー感情あったの? ナマエだぞ?」
正直な所、八戒とナマエがそこまで仲が良いとは思わなかった。俺とナマエは半妖という共通点もあったし、八戒はそこに後から入る形だったし、勝手に遠慮しているものだとばかり。
八戒はカクテルに浮かぶオリーブを食べるとグラスの底に残ったひと口を飲み干す。
「言っときますけどあなたより僕の方がナマエのこと見てますからね、いろんな意味で」
「なっ、なんだよその言い方は」
「自分だけが特別なんて思わないで下さいよ。じゃ、僕は先に帰りますから」
「え、ちょ、ま」
あたふたしているうちに八戒はスマートに去っていってしまった。おい、ここ俺の奢りかよ。
ってそれどころではない。わざと意味深な言葉なんか使いやがって……
多分怒ってる。怒られた理由はわかっている。だけど俺だって誤算なんだ。
もっとナマエから離れた場所に立っていて、物分りの良い理解者であると思ってたはずなんだけど。決して俺“だけ”が特別なんて気持ちだってなかったはずなんだけど。
「参ったね、チクショー」
同じ部屋に帰らなくなる事を考えるとこんなにも心が痛いなんて。
自立できなかったのはナマエよりもずっと俺の方だった。