何がなんだかわからぬまま、その場の空気と感情に任せていたら悟浄に好きと言われた。その上、身体も弄られて一緒に入浴して一緒に寝たのだ。
私がこの世で一番有り得ないと思っていたことが、たった数時間のうちに起きて終わった。
未だに夢の中にいるみたいで、むしろあれは夢だったんじゃないかと思えてくるくらいで、要するにそれほど現実味がなかった。
だって、まるっきり今まで通り、なにも変わらないんだもの。
悟浄の事だから人前でデリカシーのない事でも言いふらすのかと覚悟していたのに。私が悟浄の部屋から出てきた所で、誰も何も言いやしない。
あれ、私がおかしいのかな。
なんだかんだ上手く言いくるめられてセックスだってしてないし。いい感じだと思ったんだけど。気のせいだっただろうか。
野宿続きであれ以来二人きりにもなれないし。悟浄が無理ならせめて八戒と話がしたい。あの日笑顔で送り出してくれた八戒には何か言わなきゃいけないって思っているのに。
もう殆ど消えかけている胸元の鬱血を見る度に焦る。
「なぁ三蔵、そろそろ村目指そう?」
「おっ、たまには猿も良いこと言うねえ」
「私も限界……」
ただでさえ迷惑な存在という自覚があっただけに、進路に文句は言わずにきたものの、せっかくだから悟空の申し出に乗っかる。どうやら3日がボーダーラインというのが彼らの共通認識であるらしいとわかってきた。
「……八戒、最短はどこだ」
「そうですねぇ、えーと、あ、間もなくの所にありますよ。まだ午前中ですけど」
「行け」
「いいんですか、また三仏神に怒られるのでは」
「いいから行け」
「やったー! 飯飯~!」
「三蔵好き」
よかった、宿がある。きっとある。村に行けたからといって宿があるわけではない事もわかってきたけど。きっとあるという希望を捨ててはいけない。
宿行きを決めてくれた三蔵をねぎらう気持ちで法衣に覆われた肩をマッサージするようにトントン叩くと、満更でもない様子で肩を預けてくれた。
それと同時に隣から足先をガツンと蹴られ、横目で見れば悟浄が不機嫌そうにわざと私から視線を逸らした。あれ。これは。ヤキモチってやつですか?
悟浄がかわいくてからかいたい気持ちもありつつ、かわいい恋人(多分)の機嫌を損ねるのもどうかと思い、マッサージはそこそこにしてすぐに離れた。
それからずっと不機嫌な悟浄と、それにモヤモヤヒヤヒヤしている私と、そんな私たちの様子には微塵も気づかない三人を載せたジープは、数時間で村に到着した。
幸い宿も見つかった上に、なんと狭いながらも個室である。最高。
にも関わらず、悟浄は宿に着くなり何も言わずにふらっとどこかに行ってしまった。なんで。最悪。
私が三蔵にちょっかい出したせい?
まさかこんな短期間で、何年も堆積した思いが崩壊するなんて思ってなかった。
「八戒」
「そろそろ来るんじゃないかなーと思ってたんですよ」
完全に表情が死んでいる私とは対照的に相変わらずいい笑顔の八戒は、本当に未来予知でもしていたんじゃないかというタイミングでお茶を差し出す。さすがに恐れ入るわ。
今日の宿は狭すぎて座るところもなく、仕方なく二人でベッドに腰をかけた。
「悟浄から聞きました」
「えっ何を!? どこまで!?」
「多分全部か、ナマエより多くのことを」
「多くって何」
「最近僕の近くに来ては察して下さいと言わんばかりに溜息なんかつくから、聞いてあげたんですよ。色々悩んでるようで」
悩み?
今日の三蔵の事とは無関係か、それとも今日の事が何かを後押ししてしまったか。
それにしても心当たりがなくて困る。せいぜい二人きりになるタイミングがなかった事くらいだし、今更悟浄がそんな事で不安になるなんてにわかには信じがたい。
……といっても、私の感覚が正しいという自信もない。なんせ長年片思いしすぎたせいで、私は相当麻痺しているのだろうから。
「それって私がなんとかできることなのかな」
せめて何かできればと思って聞いたものの、八戒は深く考え込むようにして押し黙ってしまった。
一体悟浄は何に悩んでいるの。八戒をここまで悩ませるなんて。
「ちょっと僕にも前例がない症状で」
「え、病気なの!?」
「いや、多分病気ではないんですけど。なんて言って良いものか。まあある種の恋煩いみたいなものなんじゃないですかね」
「こ、こいわずらいって…… 悟浄が……」
笑いをこらえようとして変な顔になってしまう。確かに好きとは言われたけれど。悟浄ってそういうのあるんだ。
そう考えてみると、付き合い始めた(多分)あの日の夜の悟浄の態度は確かに不自然で、照れ隠しだとかテンパっちゃってとか、そんな態度に思えなくもない。
「初恋なんですよ、どうせ」
「えっ!?」
「え?」
驚いて大声を出すと、私の態度を見た八戒は訝しげに眉をひそめた。
「ごめん驚いちゃって」
「すみません僕も驚いちゃって。あなたも初恋みたいなものなのかと思っていたので」
お互いに処女でも童貞でも無いっていうのに、お互いに初恋みたいなものって、一体どんな状況?
と、当事者のくせに我ながらおかしな話だと思う。
それをとても真面目に、至って普通の事だとでもいうかのように話す八戒もなかなかおかしな人だなと思う。
「そうかもだけど」
「ですよね。不器用すぎですもん」
不器用か。そう言われるのも無理はない。こんなに近くに居ながら進展したのは何年越しというレベルだし、悟浄は恋煩い(笑)だし。
で、肝心のあの悟浄のおかしな態度はその恋煩いだと。
「じゃあ私ができることは無いかな」
「ええ、見守っていれば良いと思いますよ」
いつものように優しく微笑む八戒を見て、ようやく胸をなでおろした。
ホッとしたのもつかの間、ノックもなしに突然扉が開き悟浄が現れて心臓が跳ねる。こんな時に現れるなんて、タイミングが良いのか悪いのか。
ただなんとなく顔が見られただけで嬉しくて頬が緩んだ私とは対象的に、悟浄は私を見て小さく舌打ちをする。やっぱり機嫌悪いと思うけど、これも恋煩い? 本当に?
「今夜お前の部屋行くから」
「えっ、うん、はい」
「八戒、買い出し行くぞ」
「はいはい」
そこそこ強引に連れ出されていった八戒は、最後にまたあの優しい微笑みを浮かべて私を見た。