最近良いペースで村に宿泊できている。
野宿続きだったあの日々が嘘のように穏やかな毎日で、ちょっとした旅行気分にすらなった。宿に泊まれる日が続くとみんな機嫌が良くなるのも有難い。
全員分の洗濯物を干して、手伝ってくれた悟空とおやつ片手に散歩を楽しむ余裕もある。
そういえば悟空とふたりきりになるのも久しぶりだ。
あの日みたいな心臓に悪いドキドキはなくとも、甘酸っぱいキュンキュンするような心地よい刺激がずっと続く。果たしてこれが恋と呼べるのかはわからないけど、拗らせてしまった恋からの卒業には丁度良かった。
「悟空、シャーピン半分こしよう」
「うん、俺そっちも気になってたんだ」
「私も」
妖怪に襲われていないのが嘘みたいな、自然に囲まれたのどかな村。村のはずれの大岩の上に並んで座り、お互いのシャーピンを半分に割って交換する。
早々と姉弟のような関係になってしまった悟浄の時とは違って、すごく普通の恋愛関係を疑似体験しているような気分だ。
立派でもなく安定もしていない育ちをしてきた私にとってこんなにも“普通”なのは初めての経験で、それだけでなんだか特別に思えてくる。
こんなに歳上の私じゃ悟空にとってはただの保護者感覚かも知れないけど。
それでも私にとって悟空は立派に男の人だったし、一度意識してみると過去の悟空への見方も一変した。
いつも私を気にかけてくれた悟空の純粋な優しさに支えられた事が何度あったろうか。勝手に悩んでいる私をふんわり包み込むような笑顔に救われた事が何度あったろうか。
願わくば近くでお互いに笑っていられたらいいな、と思う。
「ねえナマエ」
「なに?」
「ずっと言おうと思ってたことがあって」
なんだろう……
少し考えてみても心当たりがない。
あれ以来落ち込まなくなったし、悟空の前でもみんなの前でも気を遣わせるようなこともしなかった。シャーピンを齧る悟空の横顔を見つめるも、その視線が合うことは無い。
「あのさ……」
「うん?」
「俺、ナマエのこと好き」
「私も悟空が好きだよ?」
改まってそんなこと言われたら照れるし、それになんだか勘違いしそうになる。そんな馬鹿なことあるわけないのに、と即座に否定して冷静に返した。
「違うそうじゃなくて、あの、おっ、女の子として! 好き。……です」
「え!?」
「ごめん、驚くよね。ごめん……」
私の否定を否定し返した悟空は耳まで真っ赤に染めて大きく手を振る。こちらを伺うように上目遣いで覗き込まれ、かっこいいのにかわいいなんて反則じゃないかと冷静に思う私が居た。
でもダメだ、こんな「悟空かわいー、かっこいー、好き!」みたいなテンションで応えちゃいけない。
そんなのもちろん好きは好きだけど、乗り越えなきゃいけない壁は何枚もある。
「私、すごく歳上だよ……?」
「多分俺の方がすごく歳上だよ…… 多分みんなより、……ナマエよりずーっと長生きしちゃうし、でもいきなり死ぬかも知んないし、妖怪ってゆーかなんか変な生き物だし、金鈷外したらヤバいし、チビだし、猿だし」
「ま、待って待って」
悟空の口からとめどなく溢れるようなネガティブワードに思わず口を挟む。
悟空もこんなこと考えることがあるんだと驚きつつ、そんなの関係ないと強く否定する気持ちが湧き上がってきた。
「悟空はそんなこと気にする必要無い。素直で優しくてあったかい悟空はすごく素敵だもの。私は何度も助けられたし、みんなもそう。そんな悟空だから私は」
「……え?」
「あ」
今なんて言おうとした?
自分の口から軽率に出そうになった言葉を振り返って火を噴きそうになった。悟空は不安と期待が綯い交ぜになったような潤んだ瞳をこちらに向けた。
「私は、何?」
「私は」
どうしよう。
大きな鼓動を奏でる心臓が口から飛び出しそう。どうしたらいいか分からない。好きだけど。好きなのかな。今好きって言っていいのだろうか。
「聞かせて。ナマエの気持ちも知りたいんだ」
ダメだ。やっぱりこの目には逆らえない。ずっと前から知ってたじゃないか。
悟空に嘘はつけはい。
「え…… と、優しくて素直な悟空だから、私も、す、好き」
振り絞るようにして口に出す。
その言葉が悟空の耳に入るのも恥ずかしいというのに、見る見るうちに悟空の瞳が輝きを取り戻していく様を見て余計に羞恥心が煽られた。
キラキラした瞳を浮かべた悟空は拳をふたつ握って何かに堪えるように震えている。
「今俺すっっごい我慢してる」
「何を?」
「抱きしめたい! やっぱ我慢しない!」
「えっ!?」
私が反応するよりも早く、私の体は悟空の両腕に絡め取られて逞しい胸板にぎゅうっと押し付けられた。
苦しいんだけど苦しくない。心地よい圧力に身を委ねる事がこんなにも安らぐことだと初めて知った。
「それって男として好きって事だよな!?」
「うん」
「嬉しいよナマエ! 俺もナマエが好き! ねぇどうしよう俺エロいかも知れない」
「な」
さっきから驚いてばかり。そうは言っても突然の下発言? 下宣言? に驚くなという方が無理な話だ。
エ、エロいって……
どう考えても私の方がエロいせいで、連想されるネタがどうしても最終的に“今すぐセックス”に繋がってしまう。伊達に何年も欲求不満抱えてない。
「キスしたい、繋がりたい、ナマエと」
やっと体を離されたかと思えばお互いの指と指を交互に絡ませ合うように両手を繋ぎ、男らしい表情しながらそんなこと言うものだから、私の理性が限界突破した。
悟空の言葉の意味が概念的な事だっていうのは頭では理解しているのに、体が先を行く。繋がった手をこちらに手繰って悟空の顔を近づけ、もうすぐそこに悟空の鼻先があった。
鼻と鼻を合わせると、我慢できずにふたりでクスクス笑い合う。
そして、どちらからと言うことも無く唇を重ねた。悟空らしい優しく噛み付くようなキス。唇が離れてしまうのが惜しくて寂しくて、ねだるように求め合った。
「は」
「悟空、もいっかい」
「ふふ、ナマエかわいい」
宿に戻ったらもうこんな風にできないと思ったら勿体なくてまるで離れる気になれない。私のわがままに付き合ってくれる悟空はやっぱり優しい。
指先が離れていくのに寂しさを感じた頃、腰をグイと引き寄せられて寂しさなどすぐに忘れてしまう。どれほどそうしていたか、いい加減息も絶え絶えになってきた頃に名残惜しくも唇を離した。
「ごめん、なんか」
「なんでナマエが謝るの!?」
「たくさんキスしちゃったから」
「そんなんお互い様だし、俺もしたかったし」
吹っ切れたように大きく笑ってみせる悟空は、何故か私よりずっと大人に見える。
「あんま戻りたくねーんだけど、戻ろっか」
「……うん」
先に岩から飛び降りた悟空に手を引かれ、私も足を下ろす。
宿への道のりがこんなに短く感じるとは。