ナマエが泣きそうな顔をして笑った。
ナマエの「抱いて」という言葉の真意を、俺はまだ汲み取ってあげることができない。つい数十分か一時間かそこら前、暴漢に襲われたナマエの破壊衝動なのかそうでないのか、どんな風に抱けばナマエが満たされるのか、俺にはわからなかった。
ナマエ以外の女の人のことはわからないし、ナマエが他の女の人と同じだとも思わないけど、せめて少しでも色っぽいことを知っていたらもっと上手に立ち回れていたんじゃないかと思うと、自分自身が歯がゆくて悔しくて、恥ずかしくなる。
「ごめん」
「大丈夫だよ、無理にすることじゃないもの」
そうだけど。そうじゃない。
だって上手くできないのは俺のせいだ。
本当はナマエが今抱えるすべての不安や辛さを取り除いてあげられたら、それが一番良いのに。でも今は何かしたら壊してしまいそうで、俺には何もできなかった。
「ねえナマエ、隣で一緒に寝てもいい?」
「うん」
狭いベッドに二人並ぶのはさすがにきついかな。二人で仰向けになって寝転がると、肩のあたりを押し付け合う形になった。
「俺、ナマエのこと好きなんだ」
「え? うん、私も悟空が好きだよ」
「だから、……その、」
「なに?」
「え、っと、は、初めてする時…… 多分俺いろいろ我慢できなくなっちゃうと思う」
伸ばした手の先にナマエの手を見つけて握ると、すぐに握り返してくれた。
俺がナマエを拒否してるわけじゃないってことをわかってくれたと思っていいのかな。きっとわかってくれたと思う。
「でも俺初めてだから、どんな風になっちゃうか自分で想像できないんだ。 ……もし、何かあったらマジで後悔すると思う」
「何かって」
「それはわかんないけど、すっげー興奮して金鈷取れたみたいになっちゃったり、力加減できなくて生傷つけちゃったり、いつまでたっても終わんなかったり、あとは」
思いつく限りの不安要素を挙げていくと、途中でナマエが笑いだした。
途端に悟浄みたいなエロ発言してる自覚が湧き出して猛烈に恥ずかしくなる。我ながら何言ってんだと思うけど、全部本心だから仕方ない。
今くらい許されても良いはずだ。
「そんなくらい私が好きってこと?」
「そーだよ当たり前じゃん! だって」
近くにいるだけでこんなに好きなのに、二人で裸になって肌を合わせあったらどうなっちゃうんだよ!
ナマエにもっと触れたい。でも今はダメだ。
「だって何?」
「い、いや、なんでもない。とにかく好きってこと! 好きすぎておかしくなったら困るから、ナマエが元気な時にしたいんだ」
「元気か」
暗い声。
そんな声でおしゃべりする時なんか、絶対にダメだ。一方的すぎたり、暗い気持ちでしたりする事じゃない。
「うーんと、ナマエが俺のこと好きな時!」
「いつも好きだよ」
「でも今のナマエは俺以外のことも考えてるだろ?」
多分なんか不吉なこと。
そう思ったけど言わなかった。
俺の指摘は図星だったようで、そうかも、と小さな声が聞こえた。
「お互いがお互いのことしか考えられないくらい好き同士の時にするのが一番幸せだと思うんだ」
「うん」
「俺も幸せパワー全開なら多分酷いことはしないと思うからさ」
「うん」
「俺はナマエとしたくないわけじゃないってわかった?」
ナマエの声のトーンがいつもの様子に戻ってきたのを感じて、もう一度覆い被さるように両腕を小さな顔の両横につく。
そこにさっきみたいな緊張感はなく、穏やかな表情のナマエに会えて安心した。
「わかった」
微笑むナマエの額に唇を落とすと、ねだるように薄く唇が開く。
このおねだりに逆らえる人なんているのかな?
なんて無駄なことを考えつつも、唇は唇に引き寄せられていった。
さっきは俺から拒否しておきながら、体は素直なのが恥ずかしくて密着したいのを我慢する。
「ヤバい」
「何?」
「うーん、俺これからする時まで我慢すんの超モヤモヤしそう」
身長はそれほど変わらないのに俺よりも大分華奢で、白くて、柔らかくて、燃えてるみたいな髪と瞳がとても映える。
ナマエがしてもいいなんて思ってるって知ってしまった今、やましいことをなんにも考えずに接することができるか?
多分無理だと思う。情けないけど。
だって嬉しすぎるし。にやけちゃうのはどーやって我慢したら良いんだろ。
「……今する?」
「今日はしないの!!」
一度言った手前「やっぱ勃ったからしよっか」なんてなるわけない!
ナマエが膝を折り曲げて接触してくるものだから反応してるのがバレた。恥ずかしくて一気に耳まで熱くなるのがわかる。
「じゃあまた今度ね」
今その笑顔するなんて反則過ぎない?
ナマエはすぐに膝を引っ込めてふわふわの笑顔を浮かべた。
「くそー、なんかむかつく……」
「私は悟空のこと好き」
「あっ、もー、俺だって好きだけど」
くすくす笑って抱き合いながらごろごろ転がる。狭いベッドの上で転がれる広さも無いってのに、それすらちょっと面白くて笑った。
幸せになればなるほど、これを失うのがすごく怖くて離したくなくなる。
大切なものを失くすのは嫌だ。ナマエが消えるのは嫌だ。
人を好きになるってすごくすごく幸せだけど、同じくらい不安があるって初めて知った。
ナマエも、同じ気持ちなのかな。だから体だけでもつなぎ止めたいと思ったのかな。
なんて、少しだけナマエの気持ちを感じた気がした。
「次に同じ部屋になった時、しよっか」
「ふふふ、うん」