DEAR.八戒 02|終わりは始まりの合図

まさか終止符も打たずに終わるとは思わなかった。
最終的にはナマエが告白して振られるか、悟浄が告白して成就するか、どちらかだと思っていたのに。
ナマエがもうやめる宣言をしてからというもの、あまりにも普通の毎日が続いていた。強いて言うなら僕が二人に気を遣わなくなったことで、ナマエと二人きりになる事が増えたことか。

するとどうだろうか。想像以上に居心地の良さを感じて、驚きと戸惑いが共存する。
いくら同じ同居人だ友人だと言ってもさすがに悟浄とナマエは違う。そもそも異性だし、すぐに彼女が悟浄を気にかけている事に気づいた。だからこそ彼女のことは一歩引いた目で見るべきという認識でいたけれど。
朝一番の挨拶の後、ゆったりとコーヒータイムを過ごす。毎日二人きりで。僅かな時間だとしても、それはすぐに確実に僕の癒しになった。雑務や買い出しの時、私も私もと僕の周りをウロチョロしている彼女は単純に可愛い生き物だと感じた。
ああ、これはまずい事になった。
いつの間に僕はこんなにも他の女性に心を揺さぶられるようになっていたのか。そんなことにも気づけなかったなんて。

「どうしたの? 悟空が食事に行こうって騒いでるよ」
「どうもこうもありませんよ、あなたのせいですから」
「えっ、またなんかしちゃった?」

ため息と一緒に吐き捨てるように八つ当たりすると、彼女は心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
あれ以来やたらと僕を気遣う。どうも僕がナマエの気持ちに気付いていた事やそれとなく協力していた事に対し、贖罪の意識があるらしい。
窓から射し込む夕刻の太陽がナマエの顔をオレンジ色に染める。
その姿は僕が彼女を“女性”と認識するのには十分すぎるくらい十分で、頬から首筋あたりに手を伸ばして添えてみれば、このまま口付け押し倒すのもやぶさかではないとはっきりわかった。

「やっぱり……」
「何?」

少しひんやりとした手が僕の手の上に重なる。それは決して色っぽいものではなく、いたわる優しさの気持ちの表れだ。

「僕も現金な男だなと思いまして」
「ちゃんと説明してくれなきゃ何もわからないよ」

この状況でその台詞は酷い。
先日僕に襲われかけた事をもう忘れたというのだろうか。
いや、僕が悪い。何を正当化しようとしているのか。
あの時僕は確かにナマエに欲情したりしなかった。それは多分ナマエもわかっているはずで、だからこそこうして簡単に触れたりするのだ。
でも今の僕はもうあの時の僕ではない。
ひとひねりで命さえ奪えそうな細い首も、無防備に晒した鎖骨も、華奢な指先も、すべてがナマエは女性だという事実を突きつけてくる。

「なんでもないですよ」
「それならいいんだけど?」

台詞とは裏腹に疑り深い表情を向けられた。
わざとらしいその表情は「本当の事を言え」とは言えない彼女なりの精一杯のアピールだろう。

「……聞いたら後悔すると思いますよ。やめておいた方がいいのでは」

僕はずるい。
こう言えば彼女は引かない事を知っている。
彼女から踏み込んできた事実を利用すれば、僕と彼女の未来をコントロールできる事もわかっていた。

「なんで後悔するの?」
「改善のしようが無いことですからね」
「やっぱり私が何かしちゃったんでしょう、教えて。ちゃんと知りたい」

僕の手を首から外し、両手で包み込むようにして懇願する。この愛らしい生き物に僕の業を背負わせるのはやはり心が痛む。
一度は考えた強行突破だったけれど、思い直して強引な手段に頼るのはやめた。素直に言えば良いことだ。

「そこまで言うなら言いますけど。僕、ずっとあなたが好きだったみたいですね」
「え!? ……え!?」
「そんなに驚かなくても。僕だって男だと言ったじゃないですか」
「そうだけど、そんなだって急に……」
「僕もさっき気づいたんですよね」
「自覚から告白まで超特急すぎない!?」
「いやぁ、何年も片思いしてて逃すよりマシですよ」
「ぐぅ……」

うろたえて強く僕の手を握るナマエに嫌味のひとつでもかましてやると、悔しそうに眉間に皺を寄せて押し黙った。
ここで照れるでもなく不機嫌になるでもなく悔しそうな顔をするのがなんともナマエらしい。

「そういうわけで、今日から僕があなたに恋をしますね」
「えっあ、え?」
「なんだか久しぶりですねぇ。キスしたいなんて思える日が来るとは思いませんでした」
「キスってちょっと八戒さん」

やめてください、と言うわりに手を振り払ったりはしない。
手始めに反対の手で腰を引き寄せてみると、さすがにナマエも上体を仰け反らせて両手を僕の胸に押し付けてきた。

「……楽しんでるでしょ?」
「そりゃもちろん、楽しめる相手じゃなきゃ好きになんかなりません」
「とりあえず離してくれませんか」
「え、いやだなぁ」
「私が嫌なんですけど」
「嫌なんですか?」

わざと驚いて見せればまた悔しそうに眉間に皺が寄る。どうせ満更でもないのだ。
それにナマエは僕を傷つけるような事は絶対に言えない。彼女もまた僕に好意があるのは知っていた。例えそれが友情であろうと、その感情が種になればそれでいい。それから先は僕と彼女の育て方次第なのだから。

「冗談ですよ」
「ど、どこから……?」
「キスはしません」
「好きっていうのは……?」
「すごく本気ですが」
「本気……」

呆然とするナマエを解放して微笑む。
ああ、認めて口に出してしまえばこんなに清々しいことはない。間抜けな顔で腑抜けになったナマエの腕を引いた。

「食事、行きましょうか」

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