DEAR.八戒 01|残滓

結局あれから不貞腐れて半泣きになりながら爆睡してしまい、 気がついたら朝だった。なんと勿体ない一夜を過ごしたことだろう。

だけど何故かやけにスッキリしていて、いくら悟浄が好きといえども離れる事も大事なんだと実感した。
ここ数ヶ月、家のスペースよりもずっとコンパクトな場所で寄り添って生活してきて、それで何もしちゃいけないなんて、そりゃ拷問みたいなものよね。と、開き直りの気持ちすら感じていた。
近くにいられて嬉しいよりも苦しさが上回る、こんな恋の形、絶対に間違ってる。
悲しいけど、それもすとんと腑に落ちた。悟浄のことは好きだけど。大好きなんだけど。

「ナマエ?」

優しいノックの後に八戒の声が聞こえた。まだ早朝といえば早朝で、八戒以外が起きているはずもない。そのまま彼を迎え入れるとお湯を沸かす。

「おはよう」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「すごくよく寝た。あ、私セルフ的な事は何もしてないので手はキレイです」
「いいですよ、そんな報告しなくても……」

珍しく本気で嫌そうに顔を顰めた八戒は、カップの準備を手伝ってくれた。
八戒との生活は楽だ。今みたいに私の隙間に滑り込むようにしてぴったり寄り添ってくれる感じがある。一番気を遣わない相手と言えば、ある意味、その実、それは八戒なのかも知れない。
だからあんなに明け透けなことを平気で相談できたし、結構長い間悟浄の事を相談しようかどうか迷っていた。Tシャツにショーツ一枚でうろつくのも悟浄の前は恥ずかしい事もあるけど、八戒の前だと全然平気だった。
要するに私が一番迷惑をかけているのは多分彼だ。

「八戒、ごめんなさい」
「なんですか、急に。悪い事でもしたんですか」
「私、八戒に色々迷惑かけてるなって思ったので」
「迷惑。迷惑…… ああ、迷惑と言えば、僕を蚊帳の外に置いて悟浄となんとかなろうとするのやめてくれませんか。もう知らないふりするのしんどいんですよね。僕だけ放ったらかしにして、拗ねますよ?」
「え!?」

知ってたの!? あんなに長い間悩んだ私が馬鹿みたいだ。同居生活のうち、結構な時間悟浄について考えていたけど、それに付随して八戒の事だってずっと考えていた。
知ってたなら悩まなくてよかったのに。八戒も人が悪い。

「ご、ごめんなさい。でももうやめるんで大丈夫です、すみません」
「おや、諦めちゃうんですか?」
「いやー、なんか違うかなって」
「違うとは?」

沸いたお湯をドリッパーから注ぎ、コーヒーを蒸らす。しばらく置いたらまた湯を注ぐ。2杯分。
二人でカウンターに背をもたれて隣同士に立つ。なんだか同居生活に戻ったみたいだった。

「腐らせちゃったというか」
「腐る、ですか」
「時間かけすぎ思い込めすぎ妄想しすぎ、みたいな感じ」
「はは、なるほど」

否定も肯定もしない。八戒のそういう所が楽だ。
私が吐露した言葉にも笑って頷いて、そうですか、とただ納得してくれた。

「じゃあ僕も遠慮するのやめますね」
「遠慮してたの?」
「やだなぁ気付かなかったんですか。一応僕とナマエの二人きりになるのはできる限り避けてたのに。変な誤解されたら嫌でしょう」

あなたがぐいぐい来るせいで例外だらけでしたけど。 と、困り顔の八戒は続けた。
……確かに。
思い返してみれば多少不自然なくらいには避けられていたような気もする。悟浄と私をくっつけるのではなく、自分の身を引いていたのか。なるほど。
あれ。ということはもしかすると私は自分が想像していた以上に八戒に迷惑をかけまくって生きてきたのではないか。
ふと浮かんできた疑問は、おそらく正しい。それなら尚更こんな恋続けるべきじゃないのだ。

「八戒」
「なんですか?」
「私は八戒に頭が上がりません」
「はいはい」

呆れながら微笑む八戒の横顔が目に入り、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
今更こんなことに気付くなんて酷い友人だ。八戒は何も言わないけれど、内心私の事を嫌なやつだと思ってるかも知れない。

「……良いんですよ、僕が好きでやってたことですから」
「でも」
「でもも何も良いんですよ。僕はね、あなたの笑顔が好きなんです」
「えっ」

驚いて隣を見上げると、いつもみたいに困ったように優しく微笑んだ八戒がいた。

「誰かが楽しそうにしてると僕まで楽しい気分になってくる。そう思えたのは久しぶりで、まあ、悟浄とは違った部分で随分とあなたには命を助けられましたね」

久しぶりにこの笑顔を見たかも知れない。遠くを見るようなどこか悲しげなそれは、出会ったばかりの頃の八戒が良くしていた表情だ。
うちに来るまでの成り行きを聞いて、その悲しい笑顔の先には“彼女”がいることを知った。
今でも、これからも、ずっとずっと、八戒は彼女の影を見ているのだろうか。

「私にとってはね、それが悟浄だったの」
「そうなのかも知れないと思ってました」
「ふふふ。でも拗らせちゃった。上手に育てられなかったな」
「そうですかねぇ」
「うん。……もしもこの先、ずーっと先の未来だとしても、また大事な人ができたら、今度はちゃんと好きって言いたいな」
「言えるといいですね」
「うん」

コーヒーはもう冷めた。ぬるくなったコーヒーに口をつけると、あの家でダラダラ過ごしていた朝を思い出す。
ソファで二度寝する私に八戒がコーヒーを差し出してくれて、何度もそのまま寝落ちしそうになるのを八戒に起こされながら飲んでいると、そのうちコーヒーはぬるくなった。
ぬるいコーヒーは、優しい八戒の味。

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