長時間ジープに乗っていると骨がおかしくなったんじゃないかと言うくらい体中が痛くなる。2時間ぶりの休憩は、広めの湖のほとりにジープを停めて各自30分程度の自由時間。これ幸いとばかりに悟浄を湖畔探索に誘い出し、二人きりになることに成功した。
……のだが、ここから何をどう切り出せばいいのかまるで考えておらず、呑気に湖を見つめている悟浄の背中に苦々しい顔を向けるしかできない。
「はあ……」
結局何も言えない気がする。大体、私は何を話したいのだろう。自分の気持ちもまとまっていないのに。
「なあなんか話あんじゃねーの?」
「えっ」
「顔に書いてあるっつーの、話ありま~すって」
「そんなはずは」
無い。とは言いきれないくらい、今は自分に自信がない。思わず頬を触る。
そんな私を見て微笑む悟浄はやっぱり大好きで、尚更恋だのなんだの言う気が失せた。
「なんだよ」
「なんでもない」
「そんなわかりやすい嘘もなかなかねーぜ?」
「本当だよね、ごめん」
その場しのぎに「なんでもない」とは言ってみたものの、あまりにもあっけなく見破られたものだから素直に謝る。
責めるでも無理に聞き出すでもない悟浄の態度は私の心を真綿で締めた。
全部話せば楽になるだろうけれど、全部話すことが正解なのかどうかわからない。大体簡単に『全部』なんて言うが、全部とは一体どこからどこまでのことを指すのだろうか。
「す、好きな人がいる」
「え!?」
「かも知れない」
「はぁ?」
意を決して超簡潔に話してみると、悟浄は大げさに驚いた直後にぐにゃりと表情を歪めて「そこ座れ」と大きな岩を顎で指した。
それに従って素直に座れば隣には煙草を取り出した悟浄が座って私の頭をぐりぐりと撫でた。
「“かも”ってのは?」
「これから好きになる予定、的な?」
「お前は“これから”とか“予定”とかで好きになるわけ?」
「違う、もう好きなんだ」
「……支離滅裂系女子なの?」
ああ、途切れ途切れにしか言葉が出てこなくて要領を得ない。悟浄もいらつくだろうな。という自覚はある。だけど悟浄はそんな私の言葉にも真剣に耳を傾けてくれた。
ゆらゆら揺れる苦い煙に包まれると、徐々に落ち着いてきて言わなければいけないことを思い出す。
「八戒が」
「八戒!?」
「そんな驚く?」
「いや悪ィ、……うん、妥当妥当」
またもや大げさに驚いた悟浄に話の腰を折られ、またもや言い出しにくくなってしまった。悟浄は悟浄でどこか自分に言い聞かせるようにして遠くを見つめている。
……ええい、言ってしまえ。言わなきゃどうにもならないんだ。
「八戒がさ、急に気付いたんだってさ、恋愛感情的なものがあって、わ、私の事好きって」
「急に気づくもんかね」
「そうらしいよ」
「まあアイツらしいっちゃらしいけども。で、お前は?」
「ねぇどう思う?」
「なにが」
悟浄に泣きつくように腕を揺さぶると、さすがにやや鬱陶しそうな顔を向けられた。
「悟浄が女だったら八戒に言い寄られて断れる!?」
「……言いたかねぇけど、無理」
「そうだよ私も無理。好きになっちゃう」
「…………ま、仕方ねぇな」
最初あれだけ大きな反応ばかりしていたからどうなることかと思ったけれど、意外にもその反応は冷静だった。それだけ悟浄も八戒に好意を持たれる事がどういうことなのかわかってくれているということだろうか。
悟浄が「無理」って言うんだから私だってやっぱり無理で仕方ないのだ。絶対そうだ。
「……好きになったらどうしよう」
「どうもこうもねーだろ、アイツのこと幸せにしてやれよ」
「えっ」
まさかそっち側に立つとは思いもよらず、思い上がっていた自分が恥ずかしくなる。確かに悟浄にすれば八戒だって特別な相手だ。私と八戒は同じなのだ。
「だって好き同士なら幸せになるのが普通なんじゃねーの」
「悟浄はどうするの」
「どうもこうも…… なんも変わんねーよ。お前らがあの家出てけっつーなら考えようかと思ったけど癪だからやめた。一生居座ってやるわ」
優しく微笑んでもう一度私の頭を撫でた。胸の底がじんわりと熱くなる。
本当の本当に私の事を異性的に好きなんかじゃなかったんだ。なんて、数ヶ月前の私なら落ち込んでいたかも知れないけど、今はその愛の形が何よりも嬉しい。
私だって八戒に負けず劣らず現金な女だと思う。
「つーか何、お前ら俺のことなんか気にして付き合って無いってワケ?」
「違うよ、だって私まだ八戒のこと好きじゃないし」
「……ま、好きにすればあ?」
岩肌で煙草の火を揉み消した悟浄は一足先に立ち上がり、砂埃を払ってから私に手を差し伸べる。
素直にそれに従うと悟浄に倣って隣を歩いた。
「素直に応援しててやるっつーの、変な気利かすなよ、ナマエのくせに」
「……ありがと」
並んだ大きな背中はいつも通りそれはそれは男らしく逞しく、とても「悟浄のくせに」なんて言えなかった。