DEAR.八戒 09|甘い泉

僕が恋をしなければ、彼女はこんな風に細い肩を震わせて泣いたりしなかったかもしれない。

「僕を見て」

上体を離して下から覗き込むと、ただでさえ紅い目を真っ赤にしたナマエがいた。
決して泣かせたくて好きだと言ったわけではない。だけど僕を思ってこんな風になってしまう彼女を見て、後悔よりもずっと、愛しさの方が勝るのだ。

「キスしてもいいですか」

彼女の額に僕の額を当て、答えのわかりきった質問をする。ただ彼女からの答えが聞きたかった。
そして、無言で頷くナマエの返事を合図にして柔らかな唇に口付ける。前みたいに噛み付くのはやめた。ナマエが怯えてしまった原因は多分僕だ。先走って貪ったから。
できる限り優しく触れ合わせ、最後に少しだけ唇を舐めた。

「一緒に寝ませんか?」
「……寝る」
「おいで」

掠れた声で絞り出したナマエに向かって両腕を広げれば、また泣きだしそうになりながらしがみついてきた。そのまま抱き上げてベッドに下ろし、覆いかぶさって額にキスをする。

「八戒」
「はい」
「セックスしませんか」
「は」

しがみつく腕が離れないのは顔を見られたくないからか。震える声色の申し出に心臓が跳ねた。

「……ダメ?」
「ダメなわけないじゃないですか。でも、その、良いんですか」
「このまましたい」

この子は馬鹿だな。わかっていたことだけど、今更ながら改めてそう思って苦笑する。
こんな煽るようなことを言って、僕が平常心でいられるわけが無いのに。
ナマエのブラウスのボタンに手を伸ばしかけてから思い留まる。自分のが先だ。上着を脱ぎ捨て裸になり、再びナマエに覆いかぶさってボタンを上から順に外していった。

「もう戻れなくなりますよ」
「うん」

服を脱がして下着を取り払う頃にはもう彼女の目に迷いはなく、やや欲を孕んだような熱身を帯びている。
さすがに胸元やそれ以上は初めて見るというのに、どうにも既視感があるような気がして新鮮さなどまるで感じない事に苦笑した。

思い返してみればこの白い首にはキスして噛み付いたこともあった。あの時はなんとも感じなかったのに、今はこんなに美味しそうに見える。
唇から耳へ、耳から首へ、首から鎖骨へ、順番にキスをしていくとナマエの性感帯がよくわかった。敏感な場所に触れると小さく声を漏らして身を捩る。
膨らみの片方を持ち上げ先端を摘んだ時、その反応が大きくなった。

「っあ、く」
「もっと聞かせて」
「ひゃっ、んん、あっ」

下唇を噛んで声を殺そうとしている様も魅力的ではあるけれど、今日はもう少し本当のナマエが知りたい。
一番反応のよかった耳元にもう一度唇を寄せて囁けば、陥落するように口が開いた。

「聞かれちゃう」
「大丈夫」

この部屋は他二部屋とは階が違う。少なくとも彼らには聞こえない。もちろんナマエの声が余程大きくなければの話ではあるけれど。
摘んだ先に軽く爪を立てて捻ると、白い足が僕を締め付けた。愛しい女性にそんなふうに求められて、躊躇できる男が何人いようか。

「あっ、ちょ、っと、八戒」

薄い皮膚に口付けながら胸元を通り過ぎ、腹部を越えて一番敏感であろう場所にたどり着く。下腹部にキスをして肉のひだに触れた。震える足が僕を捉えて縮こまる。
押し広げた先にある小さな突起をひと舐めすると、大きく腰が跳ねた。それを押さえつけるように抱きかかえて反応の良い所を探る。

「っふ、あ」

ナマエの手が僕の頭を撫でるから顔を見やれば、焦れてどうしようもなく蕩けた表情の彼女と目が合った。あまりの愛しさに自然と微笑みが漏れる。
程よく潤ったところでひだの奥に指を埋めていくと、蕩けた表情は苦悶に変わり、それがまた僕を煽った。

「痛い?」
「大丈夫」
「よかった」
「んんぅ、は、」

内部を解す指の動きに合わせていやらしい水音が響き出す。水音に反比例するようにしてナマエの余裕がなくなっていくのがわかった。
指を増やしてナマエがそれに慣れてきた頃、僕も限界を迎える。

「八戒」
「ごめんなさい、もう挿れたくなっちゃいました」
「ん、ぎゅってしていれて」

かわいい事を言う。
ナマエに甘えられる日が来るなんて思ってもいなかった。元々こういう所が愛らしい女性だとは思っていたけれど、自分に向けられたそれの凶悪さを知る事になるなんて。
両脇の下に腕を通して強く抱きしめながら自身を宛てがって何度か滑らせ、先端を窪みに嵌める。

「痛くないですか」
「ん、いれて」
「っは、すぐイっちゃったらすみません」
「ふふ、好き」

そんな風に不意打ちをするものだから、危うく理性が吹っ飛びそうになる。せめて最初くらいは紳士らしくいたいものだ。
完全に埋めた先を緩やかに突いて紛らわす。さて、紛らわしになっているかと聞かれれば判断しかねるが。

「ん、八戒」

僕の名前を呼びながらしがみついてくるナマエの頭を撫でながらキスを贈る。
キスしながら抽挿を繰り返せば限界なんかすぐに近づいて来て、よく考えてみれば長い間セックスはおろか自慰すらしていなかった僕にこんな快楽耐えられるわけがないと今更気付いた。

「ナマエ、ナマエ……!」
「はっか、あっ、好き」
「ごめんなさい、やっぱり僕ダメです」
「ん、私もだめ、」

上体を抱え込んで一番奥に当たるように揺さぶる。
瞬間、ナマエがひときわ大きく喘いだのを見逃さなかった。同じ所に何度も当て擦ると、甘やかな悲鳴があがる。

「ねえナマエ、僕を好きになって」
「ん、もう大好き、だから」
「もっと」
「あっ、ん、っ、……こわい」
「大丈夫、ここにいるから」

抜けるか抜けないかの寸前まで引き抜き、一気に奥まで押し込める。
それを二、三回繰り返し、本格的に込み上げる欲に耐えきれなくなってきた。

「八戒だめ、イく、ぅあ」
「僕も」

最奥を舐るように擦り付け、ピッタリと張り付いた場所ですべてを放つ。収縮するナマエの内壁に搾り取られる快楽は、今の僕にはやや刺激が強すぎた。瞬く間に硬度を取り戻して再びナマエの中を抉った。

「あぁ、っん、八戒」
「ごめんなさい、好きです」
「わた、っ私も…… っく、ん」

律動の度にあがる嬌声はいつまでも僕を掻き立てるような気がした。
それから何度そこに出しただろうか。散々出し尽くした挿れたまま抜く事も忘れてナマエの上に被さっていると、整えるように何度か大きく呼吸したナマエは僕の背に腕を回した。

「重いですか、すみません、ちょっと今だけ」
「……朝までこのままがいいな」

返事の代わりにキスをすると、へらへらと力なく笑うナマエと目が合う。
ベッドに投げ出された手に一本一本交互に指を絡めて握る。男の僕と比べたら当然と言えば当然だけども、彼女の指はとても華奢で、その便りなさにまた愛しさが湧いた。

「怖かった?」
「平気だった」

問いかけるように手を握れば、細い指が軋んで握り返される。

「ずっとそばにいてね」

ささやくほど小さな声で漏れた言葉を聞いて彼女の頭を撫でると、瞼がゆっくりと閉じて今夜の終わりを告げた。

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