「今日はどうしますか」
「いつもの」
「おまかせですか?」
「ああ」
おれを見つけて少し驚いたように微笑むと、お久しぶりですいらっしゃいませ、と心地よい声が弾んだ。
「また、少々お時間いただけますか」
「わかってるよ」
「いつもすみません」
よかったら、と差し出された温かい紅茶を遠慮無くいただいた。
マリンフォードの小さな花屋の店員が、おれを知らないわけがない。こんなに軽く会話を交わせるようになったのはおれが通いつめた結果だ。
花が枯れるたびにわざわざこんな所まで買いに来ているおかげで、この店員とは馴染みになった。
ここでのおれは、“七武海”でも“大黒柱”でも“国王”でもない。ただの男だ。
おれの体には小さすぎる丸椅子に座り、カウンターに頬杖をついた。いつ見てもその小さな手で器用に花束を作るもんだと感心する。
「紅茶うまい」
「珍しいのがあったから買ってみたんですけど、お口に合ってよかったです」
「髪伸びたね」
「よく気づきましたねー」
「フフ、かわいい」
「今日はどうして?」
「そりゃあお花買いに」
「わざわざここまで?」
「いつものことだ」
おれのアプローチは全部受け流されてどこかへ行ってしまう。
それを楽しんでみたり、気に病んでみたり。こんな歳になってまで余計な感情に振り回されるなんて思わなかった。
そんな自分がかわいいなんて思ったり、こんな気持に出会わせてくれた彼女が愛しいなんて思ったりして、おれの表情筋が緩むのを感じる。サングラスは役に立っているかな。
そうか、ナマエはおれの事を見ていない。彼女の視線の先には花しかない。
「おれもナマエに綺麗にしてもらいたいな」
「そのままで十分お綺麗ですよ」
「その花だってそのままで十分だぜ」
「そこに気持ちを乗せるのが花屋の仕事ですから」
じゃあおれを触る事も仕事にすればいいのに。
おれだったらなんだってしてやれる。ナマエを海軍に送り込んでおれ専属の役職を設けるとか、国に連れて帰って后にするとか、秘書にするとか、家ごと拐って新しい人生を作ることだってできる。
ナマエ。
名前を呼んだら、おれを見てくれないかな。
くれないな。
紅茶を口に含むと、特徴的な柑橘のフレーバーが鼻に抜けていった。
「あんまり豪華じゃなくてもいいですか」
「全部ナマエが決めてくれよ」
「じゃあ、そうします」
ありがとうございます、と言って、一瞬だけおれを見てくれた。すぐに視線をバケツに戻すと、優しい手つきでまたそこらの花を見繕った。
おれが店に訪ねて、花束を作ってもらうその15分がおれとナマエの時間。その中で何度デートに誘ったか、何度かわいいと言ったか、もう数え切れない。
それも全部かわされている。
「なあナマエ、おれの国に来ないか」
「私はマリンフォードが好きです」
「じゃあおれがマリンフォードを買う」
「うそつきはいけませんよ」
「じゃあおれの国に来てくれよ」
「またあとで」
なんでそんな顔するんだ。
悲しい顔で笑うナマエを見ていると胸が苦しい。もう誘わない方がいいか。
けど、おれがこんなに花を愛しく思うようになったのも、馬鹿みたいに花言葉を調べまくったのも、全部ナマエのせいだ。
「なあ、ナマエ」
「なんですか」
何度仕事の邪魔をしても、面倒臭がらずに返事をくれる。立ち上がってナマエの背後に回ると、びくっと体が震えるのがわかった。
「最初にくれた、サービスの花、忘れていないぜ」
「……そんなの渡しました?」
「次に作ってもらった花束も」
「……」
「その次に作ってもらったのも、全部覚えているよ」
サービスの1本の薔薇。
7本の薔薇。
スターチス。
おまえからの手紙を、おれが読まないわけがない。
「今のそれも、」
「違います! あの、ドフラミンゴさんが思っているようなのとは違います」
「やっぱりわかってやってたんだな?」
「だから違います」
どれもこれも告白ばかりだ。おれに愛を伝える花束ばっかり見繕って、おれに買わせて、何が違うんだ。もうおれを惑わせるのはやめてくれ。
ああ、女々しい。
小娘ひとり国に連れて帰れないでどうしたっていうんだ。触れちゃいけないとわかっていても、目の前の細いうなじを見て止められなかった。
ぐっと腰を抱き寄せると、花の香りが胸に寄りかかってひんやりとしたナマエの体温がおれに染みていった。
「ナマエ、これ、使って欲しい」
「え?」
ブーゲンビリアの髪飾りを冷たいナマエの手のひらに握らせる。
予想外だったのか、おれと視線がかち合うとだんだん顔が赤く染まり、またあの悲しい表情をして涙を溜めて俯いた。
なんでおれはこんな顔しかさせてあげられないんだ。
「なんで、調べたんですか」
「ナマエのラブレター読みたかったんだ、おれがおまえを愛しているって知っているだろ」
「なんで私なんか、」
「フフフ、理由なんかいらねえ」
調子に乗って抱きしめた。おまえが求めることもわからないおれにできることは、おれの気持ちを伝えることだけだった。
なあ、ナマエ、笑ってくれ。
「私は一般人で、ドフラミンゴさんは七武海だし、王様だし、強くて、かっこよくて、とても、素敵で、だから駄目なんです。私じゃ、ドフラミンゴさんの側にいられない、から」
どう聞いても告白としか取れない言葉に、何も考えられない。抱きしめた腕の中でナマエをくるりと方向転換させて顎を持ち上げる。
今にも溢れ出しそうな涙のつぶがもったいなくて目元にキスをした。
「んっ」
「そんな声出したら、止まんなくなりそううだ」
「ドフラミ」
もう止まらないけれど。
ナマエがおれの名を呼ぶ前に、唇で塞いだ。逃げ惑う舌を捕まえて絡ませた。
ああ、もう最初から強引に拐えばよかった。そうすればこんなに悲しい思いもさせずに済んだかも知れない。
甘美な感触に自分の手のひらの暴走を止めるのに必死だった。細い腰、柔らかい肉、さらさらの髪。こんな歳になって下半身に直結する脳みそが忌々しい。
「ナマエ、おれの国に来ないか」
「……」
「おれはいつでもいつまでも、ナマエのものでいるよ。おまえの前じゃ、なんでもないただの男だ」
「だけど」
「ナマエが好きだ」
ああ、またそんな顔をする。
泣きそうなナマエは、おれの腰にしがみつくと、小さな声で「私も」と言った。
「おれはそれの意味も知っているぜ」
「なっ」
「ナマエの手紙を読むための言葉だと思って、勉強したんだ」
「言わないでください!」
「おれも愛しているよ」
ナマエの傍らに置かれた、アネモネの花束はきれいな赤い色をしていた。
注釈-花言葉
- 薔薇1本…一目惚れ
- 薔薇7本…秘めた愛
- スターチス…変わらぬ心
- ブーゲンビリア…あなたしか見えない
- アネモネ(赤)…君を愛す