女に興味がないのは知っている。
目の前に肉と美女があれば間違いなく美女を素通りして肉に食らいつく事が容易に想像つくくらい、ルフィにとって“女”という存在がどうでもいいという事は、知っている。
知っているけれど、それとこれとは別の話だ。
あの日、後から聞けば王下七武海だとかいうデカい人にバラバラに飛ばされて、しばらくぶりに再会した時には、これまた王下七武海の美女に見初められて帰ってきた。
みんなと再会できた事は素直に嬉しいし、いろいろあった事も知ってる。
だけどこんな風になるなんて想像していなかった。
ずっとずっとずっとずっと会いたくて、ルフィの事を忘れた日は一度もなかった。
新聞や街から入る情報でルフィの活躍を聞くたびに心配して、ほっとして、惚れなおして、毎日ビブルカードを眺めた。
なのに今こうしてサニー号に乗っていることを、全然喜べない。
「お、おいおい、ナマエちゃん…… 無理しなくていいんだぜ、レディにそんな事させられな」
「うるさい!」
ガシャン!
ガシャッガシャン!!
とてもルフィを直視する事ができずに、再会してからはほとんどずっとルフィ以外の誰かと一緒に居た。
もう一週間になる。ルフィとは事務的な会話以外ほとんど交わしていない。
今日はサンジくんの手伝いでもしようと思って、食器洗いをしていたらいつもなんでも美味しそうに幸せそうに食物を頬張るかわいいルフィの顔なんか思い出してしまい、悔しさが頂点に達した。
ガシャン!バキンッ!ガシャ!!
今確実に一枚割れたけど、どうでもいい。イライラしすぎてこんなことも手に付かない。大体一週間もほぼ会話していないのに、何も言ってこないルフィもルフィだ!
私がどんな思いでルフィとの再会を待っていたか!
ルフィに恋をするあの美女を見て、どんな気持ちになったか!
何も考えていない!
「今割れたでしょ!? おれが片付けるから、ってもう手ェ切っ……て、え?」
「うっ……」
しまった、サンジくんに迷惑かけるつもりはなかったのに。勝手にキッチンに乗り込んで、皿を割り、怪我をした挙句に泣きだした私は本当に情けないやつだ。
サンジくんは、片手で私の手を取り、もう一方は涙を拭ってくれた。
ガチャリとキッチンの扉が開く音がしても振り返ることすらできない。
「おーいサンジー、デザートまだかー?」
「……」
「……」
耳鳴りがするほど、静まり返ったキッチンの空気。もうルフィの事なんて、考えたくない。私ばかりが恋をして、嫉妬して、はしゃいで、馬鹿みたい。
ルフィは女に興味がない。
サンジくんにろくに謝罪もお礼もできないまま、ルフィを押しのけるようにキッチンを飛び出して女部屋にこもった。幸い、ナミとロビンは買い出し中で不在だった。
今日はもう何もしない。何もしないでずっと泣いて過ごそう。泣きやんだらルフィを忘れるんだ。
ベッドに顔を突っ伏していると窒息しそうになる。
「ナマエ!」
「えっ、ちょ、えっ、ノックしなさいよ!!」
なんでここに!
普段は男性立入禁止の女部屋に、あまりにも当然のごとく侵入したルフィの存在に、すごくどうでもいい事を叫んでしまった。狼狽して涙もひっこんだわ!
ていうか何よその顔、ちょっと怒ってるじゃん、なんで私が怒られなきゃいけないの……
つかつかと歩み寄ってくるルフィに後ずさりしていると、私はベッドの上で追い詰められた。私の上で怒ったみたいな真剣な顔をするルフィを見つめていると、冷や汗が出る。
「サンジになんかされたのか」
「は? なにもされてないけど」
「……よかったー!」
「えっ、」
なんかされてたらどうしようかと思ったぜー、と気の抜けた声で言ったルフィは、崩れ落ちるように私を抱きしめた。
2年ぶりに抱きしめられた肩に、ルフィの熱を感じた。
「あの、ルフィ」
「なんだー」
「離して」
ルフィは、ただ仲間の諍い(だと誤解して)を止めただけだ。
私が例の女七武海に嫉妬しても、それは結果的にルフィの恩人を悪く言う事になり、ルフィは女七武海を庇うだろう。そして私はただ自分の性悪さに泣くのだ。
ルフィが私という女の事を考えていないは事実だし、それを納得して関係していたのも事実だし、そんなルフィが好きだったのも、また事実なのだ。
私にルフィを咎める事ができるわけもなかった。
「いやだ。やっぱりここが一番落ち着くなー」
「え?」
「ナマエの肩によー、頭乗せてると安心するんだ。不思議だなー」
そんな風に、悪意のない棘を私に刺すのはやめて。
「もう、離して」
「……いやだ」
子供が親に甘えるように、ルフィが私を抱く腕に力を込めた。微かにきしんだ骨にルフィの存在が染みこんでいく。
「2年間、放っておいてごめんな」
「え」
「おれが守るって決めたのに、守れる力も持ってなくてごめん」
ルフィは私の肩を開放すると目線を合わせてから、本当にごめん、と頭を下げた。こんなことさせたかったわけじゃない。
「やめて、頭を上げて」
「もっと強くなるから」
顔を上げたルフィを遮るように、私はルフィを抱いた。
つまらない嫉妬、つまらない意地、つまらない私。女だから男だからなんていう理由でルフィを好きになったわけじゃない。
なんでこんなに小さな世界で生きるのだろう。
私が女じゃなくても、私はルフィを好きになった。
ルフィが、結婚するというのなら、私は笑顔で送り出そう。
「ちゃんと謝らなきゃいけねーと思ってたのに、遅くなってごめん」
「違うの、私が嫉妬なんてするから」
「嫉妬?」
「え?」
「嫉妬ってなんの事だ?」
「結婚するんでしょ?」
「誰と?」
「あの、ハンコックっていう、七武海の」
「なんでだ?」
「え?」
「え?」
ルフィと会話が噛み合わない事はよくある事だ。いつものあっけらかんとした顔でクエスチョンマークを浮かべるルフィの前で、私は精一杯(というのも変な話だが)脱力した。
崩れ落ちた私は理由もわからないまま再び涙を流した。悔しいような、ほっとしたような、よくわからない涙だ。
「おいどうしたんだよ急に、今日は変なナマエだなー」
「自分が情けなくて」
そう、女に興味がない事はわかっていた。そういう感情に死ぬほど鈍い事も。
大体私の好意を伝える時だってどれほど苦労した事か、肉体関係のあれやこれやの始まりがどれほど可愛かったか、もともと加減を知らないルフィのセックスがどれほど猛々しいか、知っていたのに。
そしてそこに導いたのは全部私の欲のせいだ。2年前の思い出がぶわっと脳内に湧いた。
「なあ泣くなよー、ナマエが泣かなくていいようにおれが強くなるからさー」
しがみついて泣く私の頭を、ルフィが撫でた。
修行して帰ってきたルフィは、以前よりも筋肉がついて男らしくなっていた。
「ルフィ、好きだよ」
「おれもナマエの事好きだ」
「……うん、ありがとう」
「本当にわかってんのかー?」
珍しく疑り深いルフィは泣き止んだ私を覗きこむと、不審そうな顔でジロジロと見つめた。わかってるもなにも、ルフィよりわかりやすい人間なんてこの世にいないと思う。
ナマエはすぐウソつくからなー、と言いながらにじり寄るルフィの為すがままに、私はベッドに押し倒された。
「え、なん」
瞬く間に私の唇は塞がれて、ちゅ、と音を立てた唇が離れていくと、いつものように大きな笑顔のルフィがいた。
「やっぱりわかってなかったじゃねェか、ししし!」
やっぱりわからない。わかりやすいなんてウソ。
ルフィが自分からこんな事するなんて、知らなかった。
顔が熱い。
また、涙が出そうだ。
「強くなるまで、もう少し待っててくれ」
「うん」
「そしたらまた言わなきゃいけねー事があるから、それまで」
「うん」
諭すみたいに優しい声で話すルフィは、やっぱり私の大好きなルフィだった。みんなのルフィ。私のルフィ。
ルフィの腕の中は、あたたかかった。
私は邪念ばかりで器の小さな人間だから、ルフィが近くにいてくると、とても勇気がわくよ。ずっと同じ船で、前を向いて行きたい。
「ルフィ、大好き」