思い返してみればそれなりに長い付き合いの中できちんと約束をして二人きりで会ったのはあの日が初めてだった。
あの時は結構強引に誘って無理矢理取り付けたようなものだったけど、今回は意外にもすんなりと約束してもらえて少し驚く。
間違ってもRevelのメンバーに遭遇するのは避けたくて、個人的に行きつけのハイエンドホテルの近くのダイニングバーに20時に待ち合わせ。約束の時間ぴったりに行くと、5分遅れてナマエちゃんが来た。
小さな円テーブルに隣同士で腰を掛ける。
「なんで連絡してくれなかったの? 寂しかったよ」
「今まで私から連絡したことなんてほとんど無かった気がする」
「そうだっけ?」
「ていうか用事があるなら自分から連絡してよ」
ナマエちゃんは今までと変わらないさっぱりとした態度で笑った。その笑顔はまるで俺との間に壁を作るようで、すぐそこにある指にも肩にも触れてくれるなという忠告にも思える。
気合いを入れ直すように負けじと笑顔を作り直し、ナマエちゃんを見つめた。
「ナマエちゃんから連絡ほしかったのかも」
「ははは」
視線を落としてワインを口に含んだナマエちゃんから明確な答えは無い。
あの日感じた「君を繋ぎ止めたい」という気持ちは相変わらずここにあって、壁を作られるたびに胸がささくれるような気がした。
ナマエちゃんの態度は前から変わらない。つまり、今までも同じくらい壁を作られていたということなのだけど。今まではなんとも思わなかったはずなんだけどなあ。
なんとかその壁を壊したくて当たり障りのない会話から緒を探す。なんでもいい。笑顔でもいいし、怒ってくれても構わない。
ただ壁を壊したい。
なんなら、あの日みたいに俺の前で酔ってくれるだけでも。
「バーベキュー豪華すぎてほんとに大学生かよと思ってドン引きだった、最初」
「ああしないと神楽が参加しないんだもん。そういえばRevelのプライベートな集まりに参加したことある部外者って、ナマエちゃんだけだよ」
「そう、それ。それだよ。亜貴くんたちが特別扱いするから全然友達できなかった」
小一時間経過する頃には随分と打ち解けて、思い出話に花を咲かせるまでになった。懐かしい。大学時代の話をするナマエちゃんはどこか遠くを見るような顔をしていて、やや哀愁の漂う表情に壁はないように思える。
食事やアペタイザーの皿は空いた。俺とナマエちゃんのグラスの中身はあと一口。これを飲み干せばひとつの分岐点になるだろう。
テーブルの上で組まれた手に、グラスを持ったままの俺の手の甲が触れる。
「このあと、どうする?」
「うーん?」
かすかに触れたナマエちゃんの手の甲は焼けたように熱くて、ゆっくりとその顔を見つめてみればうっそりとして焦点の合わない瞳がこちらを捉えた。
……ずるい。キスしたくなる。
拒絶されなかったのをいいことに邪魔になったグラスを手放すと、人差し指を伸ばして彼女の指を絡め取った。
「休んでもいいけど」
ナマエちゃんの人差し指にはヌーディーカラーのネイルが塗られていて、思わずそっと親指で撫でる。長すぎず形の良い綺麗な爪。
俺を選んでよ。
言葉にできない思いを込めるようにその手を握りに行くと、俺が捕らえる前に逃げていった。
「……面倒くさいから、やめとく」
「えっ」
さっきまでのふやけたような雰囲気はどこへやら、キリッと笑みを浮かべたナマエちゃんは再び俺の前に壁を張った。
そして支払いのことなんか気にするから俺が「いいよ」と言えば、いつものように「ありがと」なんて微笑んで俺に背を向けたのだ。
残された俺は呆然とするしかない。
どれくらいかわからないけどしばらく無心でいた。次に思いついたのは「とにかく今は一人でいたくない」ということで、今すぐに何か紛らわすものが欲しくなった。
おもむろに通話アプリを開いてコンタクト一覧をスクロールする。目が勝手に女の子の名前ばかり拾うけれど、そのどれもがピンとこない。
何度か上下に画面を滑らせて何度も目に止まるのは名前はひとつしかなくて、少し迷ってからその名前をタップした。