DEAR.三蔵 09|憂慮

ちゃんと好きって言おう。同じ轍を踏まないためにも。
そう決意してすぐに不安になった。
私があんなにも悟浄に一直線に向かえたのには理由がある。それはとても簡単なこと。私と悟浄は同じ半妖で、同じくらい荒れた生活を送り、お互いに家族や自分を求めてくれる人など存在しなかったからだ。

だけど三蔵は……
言うまでもなく最高僧の名を持つ僧侶である。この時点で女にうつつ抜かしていて良いのか? とも思うけど、既に毎日のように飲酒喫煙賭博をして発砲と殺生を繰り返しているし、そこはあまり気にしていないと仮定しよう。
それを差し引いても無遠慮に好きとはいえない。
本人の気はさておき、三蔵を求める人はたくさんいるし、帰る場所は女人禁制どころか一般人禁制の慶雲院だし、それより何より、彼は人間だ。
妖怪と人間の子供が禁忌であるように、半妖と人間がどうにかなるなど、それもまた世間的には許されたものではない。

“かわいそうにねぇ、お前は一生子供ができない体なんだよ”

昔私を飼っていた人に言われた言葉がフラッシュバックして気持ち悪い。
急に胃が上がってくるような錯覚に陥ってトイレに駆け込む。ここ数日、悩みすぎてろくに食事を摂らなかったせいか、ほとんど液体のそれがバシャバシャと白い陶器に落ちた。

「……い、おい、大丈夫か」
「は…… 三蔵」

気づかなかった。
多分無反応の私を心配して部屋まで入ってきたのだろう。珍しく少し狼狽えるような表情を浮かべてタンブラーに水を入れてくれた。座れるかと問われて頷けば、さらりと抱きかかえられてベッドに座らされる。
こんな時に三蔵の顔なんか見たら、三蔵に優しくされたら、泣きそうになってしまう。
好きなのに。好きって言いたいけど。でも。

「ありがと」
「具合が悪いのか」
「大丈夫、ちょっと、……悩みごと的な」
「なにを」

なに、と言われても答えづらい。特にあなたには。だけどいつも私がこうなってしまう時に近くにいるのは三蔵だなぁ、と今更気づく。
それが偶然でないことはすっかり勘の鈍った私でもわかる。
その好意を素直に受け入れられないのはなにもかも半妖である私の体のせいだと思うと、今更呪われた体を持つ事実に震えが止まらない。
手を伸ばせば触れられる距離にある三蔵に、一度でも自ら手を伸ばしてしまったら、私はもう戻れなくなってしまう。

「ほんと、大丈夫だから」
「チッ、面倒くせえな」
「あ」
「それで引き下がれるならここには居ねえだろ、それくらいわかれよ」

私が手を伸ばす前に抱きしめられ、反射的にそれを押し返すと三蔵の上半身が仰け反って飛んでいきそうになった。しまった、こんな時にまた妖怪パワーが邪魔をする。
ともかく今までのどのシチュエーションよりも強くはっきりした拒絶をしたのに、すぐに体勢を立て直した三蔵に引き寄せられて離れられない。
なんでこんなことするの。
理由を説明したらきっと三蔵は「関係ない」と言う。そう言わせてしまうことが辛い。あなたまでこんな業を背負うことないのに。

「ごめん、三蔵、私は…… 三蔵とは付き合えない」
「付き合って欲しいなんて一言も言ってないが」
「え」

予想外の返事に面食らってフリーズする。
確かに「好き」とは言われたけど、「付き合ってくれ」とは言われていない。
あれ。どうしよう。それってつまりどういうこと?

「側に居るだけでいい」
「それってどういう……」
「形なんかどーだって良いって言ってんだよ、今だって恋人になったとして夫婦になったとして、お前が大事なことに変わりはないだろうが、いちいち言わせんな馬鹿が」

な、なにそれ……
そんな告白って有りなの?

「お前は?」
「は」
「お前はどうなんだ、余計なこと考えんな、気持ちで答えろ」
「す、好き」

夜空色の瞳に吸い寄せられるように本心がこぼれ落ちる。
三度目のキスは溶けるように熱く、私の意思などまるでどうでもいいと言わんばかりに三蔵の舌が絡みついた。
どうしよう。それが最初に浮かんだ気持ちで、素直に喜べない自分が悔しくて堪えきれなくなった涙が滲む。

「だめ、だめなの」
「うるせえ、なんだよ」
「だって三蔵は三蔵法師なんだよ」
「それがなんだ」
「私、は、半妖だし」
「馬鹿じゃねぇの」
「半妖って子供作れないんだよ、知ってる?」
「クソ馬鹿」

心底呆れたように悪態をつかれ、私は顔を歪ませた。
盛大にため息をついた三蔵は急に私の両手首を掴み、そのままベッドになだれ込む。いつもみたいに変な雰囲気に流されるのかと思いきや、体を抱えられたままぐるりと反転して私が三蔵の上に乗る形になってしまった。

「お前人の話聞いてたか?」
「聞いてた」
「それなら相当頭が悪い、俺が教育してやる」
「えっ」

不穏なワードに飛び起きようとすると、三蔵の腕が私の背と頭を抱えて離さない。

「俺が大事なのはお前であって、この世に存在しもしない人間として生まれ育ったお前でも無ければ、産まれてもないお前の子供でも無い。俺が空想上の生き物にすがるような人間に見えんのか」
「見えないです……」
「俺がお前を好きだったら悪いってのか」
「悪く、ないけど……」
「なら良いだろうが、ごちゃごちゃうるせーんだよテメーは」

大人が子供を宥めるように頭を優しく撫でられてしまっては、もうどうしようもない。
私が私で良いと思えるのはまだずっと先かも知れないけど、それでも三蔵が今の私を大切に思ってくれている事実はさっきまでのグズグズを吹き飛ばすくらいの威力はあった。

「さ、三蔵、好きいいい」
「泣くのはいいけど汚すんじゃねえ」
「無理、っ、」
「じゃあお前が洗濯しろ」
「は、はい、」

堰が崩壊したように感情が溢れ、またしても子供のように泣いてしまった。なぜこの人の前だとこんなにも無防備になってしまうのだろう。
人前でこんな風になったことなんて、一度だってないのに。

「すき」
「フン、いつでも言え、もっと言え」
「えっ、あ、す、好き」
「あのー、お取り込み中の所申し訳ないのですが」
「ギャアア!」

突然聞こえた第三者の声に驚いて悲鳴を上げてしまった。三蔵にしがみつくと、またあの手が私の頭を撫で、そして離れていった。
そっと頭を上げて扉の方を伺ってみれば、申し訳なさそうとも愉快そうとも取れる表情を浮かべた八戒が立っているではないか。
見られた……

「そろそろ悟空の空腹が限界のようですから、僕たち食事に行きたいのですが…… 三蔵、カードよろしいですか?」
「あ」

三蔵は「忘れてた」と言って起き上がりつつ私をベッドに寝かせ、法衣を探っている。

「は、八戒、あの……」

恥ずかしすぎて直視出来ず、三蔵に隠れながら話しかけてみると、八戒は特別驚きも怒りもせずいつも通り穏やかな声色で返事をした。

「なんです?」
「悟浄と悟空には……」
「やだなあ、僕からは言いませんよ」
「今一緒に行かなきゃ怪しまれるだろうがな」
「行こう、食事に行こう!」

別に隠したいわけではないけれど、残ってまでイチャイチャしたいのかと思われるのは癪である。それにそんな公表の仕方なんて恥ずかしすぎる。
せめて今日のところは穏便に過ごし、後日改めて…… というのが理想だろう。

「さっさと顔洗え」
「あっ」
「じゃあ僕は先に行きますから、3軒先の中華料理屋で」
「すぐ行く!」

慌てて飛び起きて顔を洗う。タオルで拭いて鏡を見ると、少しだけ目が充血しているような気もするけど、まあバレない程度だ。
振り返ると三蔵は既に法衣を着直して、いつも通りの姿になっていた。

「かっこいい……」
「お前は飯に行きたいのか行きたくないのかどっちだ?」
「あっ、行きます、行こう」

うっかり三蔵の手を取ってしまった。焦って手放そうとしたら、強く握り返されてそのまま私と三蔵を繋いだ。
呆気に取られた私の手を引いて三蔵が歩き出し、私は慌ててついて行く。
改めて見る三蔵の背中はいつもよりずっと逞しく見えた。

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