すっかり機嫌が治った、とは言わないが、怒鳴ったり泣いたりしなくなったナマエは、素直に手を握られて俺の部屋までやってきてくれた。
あいつらに見つからないようにこそこそしながら部屋に戻る時、ナマエと一緒に住み始めた頃にどうしようもなく困って八百屋から果物を盗んだ日の事を思い出した。
「勘違いしないでよね、許してないから」
ベッドに座る俺の前に仁王立ちしたナマエは、腕を組んで俺を見下ろす。見下ろすったって、平均的な女サイズなわけで、別に迫力なんかないんだけども。つーか、俺の気持ちがわかっててベッドまで来て、そんな無粋な事言わなくてもいいだろ。
組まれた腕を解くように指先に指先を絡めてそのまま腕を引いた。体制を崩したナマエの顔が近づき、そのまま唇を重ねる。
と、一時間ぶりに俺の頬が横に吹っ飛んだ。
「おい、痛いだろ、ナマエチャン」
「許してないって言ってるんだけど」
「本気なのに」
「……ねえ、そんな事しなくても私はどこにも行かないよ、ずっと一緒にいるから」
なんでそんな顔で笑う?
俺を宥めるみたいな、まるで母親みたいな、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ナマエは俺を抱きしめた。頼りない腕だっていうのに、その腕の中は随分温かい。
「大丈夫だよ、悟浄。キスもセックスもしなくたって、私は悟浄が大切だからずっと一緒にいるよ」
あんな酷いことを長いあいだ要求してきたにも関わらず、ナマエはずっと俺のそばにいるなんて健気なことを言いやがる。
八戒が怒るわけだよ、こんなことまで言わせて。
「おう、サンキュー」
考えなきゃよかった。目尻に滲んでくる液体を誤魔化すようにナマエの胸に顔を押し付ける。柔らかい膨らみが顔を覆った。
そうだった。俺がナマエの事を考えるのをやめた理由を思い出した。気が狂いそうになるんだ。俺の知っている使い捨ての愛とは違う、もっと別の愛のような何かを感じてしまう。確信するのが怖い。いつか失うのが怖い。
考えれば考えるほどナマエが欲しくて逃げたくてたまらない。同時には叶わない相反する欲求。どうしていいかわからなくなる。
「だからもう変なこと言わないでよ」
「ナマエちゃん、俺は決めた」
「何を」
ナマエの腰を抱き上げて引き寄せ、俺の膝の上に乗せる。思いのほか軽くて驚いた。
「もう難しい事を考えるのはやめにしたわ」
「え、なに」
「やっぱ俺、お前が好き」
ああ、よかった。今度は吹っ飛ばされずにキスできた。もう逃げられないように抱きしめると、それに答えるように背中に回る腕に力が込められるのがわかる。
ナマエに出会って数年、ずっと居心地悪そうにしていた気持ちがようやくあるべき場所に納まった気がした。
「舌いれていい?」
「わかってるくせに聞かないでよ、変態」
「言ったなこの野郎」
「っん」
あれ、キスってこんなんだったかな。ここ最近ナマエのせいですっかり色事とはご無沙汰で、感覚を忘れているだけか? こんなに良いものだっていう記憶は無いけど。
もっとしたい。
抱きしめたままベッドに倒れてナマエを巻き込んで下敷きにする。ゴトンゴトンと音を立てて二人分の靴が落ちた。
「ゴムつけなくてもいい?」
「やだ、病気持ち」
「酷くない? つーかビョーキなんか持ってねーし。ナマでした事無いんだけど俺」
「え、そうなの」
「そらそーよ、怖いだろーが。ちゃんと医者にも行ってんのよ?」
遊ぶなら遊ぶなりのマナーってもんがあんの、と言えば、妙に感心したように頷いている。他の女の話なんかさせんじゃねえよ。
この苛立ちをナマエにぶつけるのはあまりにも酷い気がしてできなかった。身から出た錆という言葉が頭をぐるぐる巡る。
ワンピースをたくし上げて直に触れる。足も腹も胸も全部、見慣れているのにこんなふうに触るのは初めてだ。温かくて柔らかい。胸元に唇を寄せてきつく吸うと、赤紫の花が咲く。
「いつもこんなことを……」
「してねーって。全部お前だけ」
「なんで」
「お前が特別だから」
「……好き?」
「好きだよ」
色気のないどシンプルな薄紫色のブラは、むしろ一周して逆にエロい。捲り上げると想像していた通りのサイズの膨らみが二つ現れ、かわいい乳首にキスをした。口の中で徐々に硬度を増していくのに心臓が締め付けられる。なんだこの感情は。
やや性急かとは思ったがショーツも引き下ろして丘を撫でる。
「お前も言って」
「や、だ」
「なんでだよ、言えよ」
「んっ」
足の間に割り入って太腿の内側やら付け根やらを焦らすように撫で回した。
「なぁお願い、ナマエの口から聞きたい」
「っ、すき」
「……」
「悟浄、好き、だから、触ってよ…… おねがい」
いや、なにこれ。最高?
耳の先まで赤く染めたナマエは潤ませた目で俺を捉え、少し困った表情をして絞り出すようにして呟いた。
好きって言われただけでも閉口するしかなかったというのに、まさかの追加ご褒美とは。
上手い言葉が見つからなくて、キスしてすぐに望む場所に触れると、十分に潤ったそこは簡単に指を飲み込んで締め付けた。何度か往復させながら良い所を探す。
「ヒッ、あ」
「ここ?」
「んっ、ん、悟浄」
「ここ好きなんだ、気持ちいい?」
「好き、気持ちいい、悟浄、好き」
せっかくだし舌でも愛でたかったけど、ナマエが背中に回した腕を振り解くのは心が痛む。まあ、このままでもいいか。気持ち良さそうだし。
啄むキスを贈りながら悦ぶ場所を撫でる。そしてナマエの呼吸が乱れ、一瞬止まった後に軽く痙攣しながら指先にぎゅうっと圧力がかかった。
「イ、く、っ……」
「やべー可愛いんだけど」
可愛いんだけど、俺は自分自身の身体の異変に気付きつつあった。
「……悟浄?」
「ん?」
ナマエの額を撫でてから横に転がって腕枕する。さも紳士のように。横に投げ出された毛布を掛けてあげたりして。
「え、しないの」
「何を?」
「何をって…… なくてもいいよ、ゴム」
「今日はやめとくわ、ゆっくりいこうぜ。ずっと一緒に居てくれるんだろ?」
「……そうだね」
がっかりしただろうか。それとも紳士だと思ってくれただろうか。
どくどくどくどく、自分の心臓の音がこんなにうるさいと思ったことは初めてだ。胸元にすり寄るナマエの耳にも届いているかも知れない。
「やる気満々かと思った」
「今日はイキ顔見れただけで十分だわ」
「やめてよ馬鹿」
「今度また見せて」
「やだ」
「じゃあ勝手にやるわ」
「馬鹿」
じゃれるように抱きしめ合ってキスし合って、感じたことのない幸福感に包まれる。笑っているナマエがただただ大事で、ずっと笑っていて欲しいと思った。
それから適当に一緒に風呂に入って、一回イかせて、くだらない事を話しながら何度目かわからないほどキスをして、照明を落とせばナマエは瞼を伏せていずれ口も開かなくなった。
そして名前を呼んで返事をしなくなったのを確認してからトランクスに手を突っ込み、やる気の無い分身を揉む。おかしい。まるで海綿体に血液が集まる気がしない。
最終的にうまいこと誤魔化せたような気もするが、そもそも俺は紳士になるつもりなんかなかったのだ。なんなら三回戦四回戦いくつもりだったのに。
おいおい、勘弁してくれよ。盛りだぜ、俺は。なんでこんな。
やりたいのに勃たないなんて。
「はぁー、セックスしてぇ……」