彼女の背中を見送ったきり、俺も神楽もまったく動けなくなってしまった。神楽は動けたのかも知れないけど、神楽なりに何かしら思うことがあったのだと思う。
次に口を開くならきっと神楽が先だろう。どんな言葉をくれるのか。感情の責任を神楽に押し付けることを期待している俺はずるい。
そんなふうにずるい事を考えている俺への天罰と言わんばかりに、神楽が投げた言葉は心臓に突き刺ささる。
「……連絡しなくても会えてよかったね」
ええ、仰るとおりで。
見なきゃいいのに視線の先のまっすぐの所にナマエちゃんとあの男がいるものだから、未だに目を逸らせずにいた。いくら円卓だからってテーブル席に隣同士で座ったりして、少なくとも知り合い以上の関係であることは明白だ。
冷めた声で吐き捨てた神楽は先にカウンターに向き直って俺の背中を押し、強引に同じ方を向かせた。
自由にならない自分の身体にも驚いたけど、こうして強硬手段に出る神楽にも驚く。結構仲良しじゃん、俺たち。いや、まあ、この性格なのに二人きりで肩を並べて飲んでくれるだけでも気の置けない仲だとは思うけど。
「ナマエちゃん、俺のこと見てた?」
「全然?」
「……友達って言ってたね」
「友達って認識されててよかったんじゃない、ゴミ虫とかじゃなくて」
もはや乾いた笑いしか出ない。一理あると素直に納得できてしまうあたり、俺とナマエちゃんの関係って一体なんだったんだろうと今更考えてしまう。
それに比べてあの男はどうだ。きっとナマエちゃんにも“男”として認識されているだろうし、もしかしたら今日もこのあとホテルにでも行くのかも知れない。
……いや、どうだろう。爽やかな印象だった。耳と額が見えるくらいにカットされた短髪。シワのないシャツ。嫌味のないミドルクラスのネクタイ。ああいう男は「ホテルに連れ込む」なんてしないのかも。
「隣の男、誰?」
「知らない。ていうか、関係無いでしょ。羽鳥には」
「友達、として、気になるでしょ。変な男だったらどうするの」
「羽鳥に言われたくないと思うけどね」
この際自分で言うけどまあまあ落ち込んでいると思うのに、わかった上でいつも通りの軽口を叩く神楽に助けられている。
軽口とは言うが、正論だ。
そもそも俺はナマエちゃんに何を期待して何を求めているのか、それすら定かではない。
「……やめなよ」
「え?」
「羽鳥にナマエの邪魔する権利なんかないから」
多分わざと。こちらを見ることなく告げられた言葉はまた俺の心臓に刺さった。
なんでこんなに痛いのか、わかっているくせにわからないふりをして「わかってるよ」と頷いた頃、ようやく槙と桧山が現れた。