SLY:09

驚いて泣きそうになっていた気持ちも引っ込んだ。
ナマエちゃんは呼吸を整えるように荒く息を吐きながら俺を見下ろしていた。急に突き飛ばされたものだから、俺はベッドの上に尻もちをつくようにして情けない顔で彼女を見上げる。
怒ったような泣きそうなような、複雑な表情をしているナマエちゃんに触れたくて腕を伸ばすと簡単に手が届く。華奢な手を取っても振りほどかれはしなかったけれど、握り返されることはなかった。

「じゃあなんで友達なんて言うの、どういう意味かわかって言ってるの、それは」

自分でもどうしたらいいかわからなかった。わかっているのはこの手を離したくないという俺の気持ちだけ。
同じ部屋にいるってだけでこんなにも近い。この手を離すだけで彼女は部屋を出ていくし、“友達”になってしまったらもう二度とこんな風に手を取る事なんて無いのかも知れない。
彼女の言うようにいつか俺と彼女だけでなく例えばRevelのみんなとも、距離が開いてしまうこともあるだろう。SNSだとか噂だとか情報という形で彼女を感じる事ができても、そこに彼女はいない。綺麗な爪が俺をひっかくこともないし、俺の指は白い腕に食い込まない。

俺は何から彼女を守りたくて距離を取ったんだっけ。
なんのために彼女から一歩引いたんだっけ。

「羽鳥は」
「うん?」
「羽鳥は今までの女の子にもずっとそうしてきたでしょ」
「え?」
「友達友達って言ってきたでしょ」

言ったかな?
俺は友達という言葉はあまり使わないし、記憶の限りでは言っていないけれど。ただ確かに女の子と「恋人になろう」という話をしたことが無いので、ひとまず頷いた。

「そうだね、友達、じゃないけど、付き合えないって言ったよ」
「今も同じことしてるだけだよ、何その顔」
「……そうだね」
「……それでいいの」

よくないけどさ。今更そんなこと言えないでしょ。同じことしてきちゃったんだし。
ナマエちゃんを相手にしてもずるいこと言えればよかった。いつもみたいに言い含めるように都合のいい距離を保てればよかったのに。
でも次に俺がナマエちゃんに言葉を掛けるとすれば、そんな都合のいい距離なんか保ってられない。突き放すしか無い。もしくは、離したくないって言葉を現実にするしか。
どちらにしたって傷つける。

「言いたいことがあるならハッキリ言ってよ、俺はなんでも聞くよ」

それならナマエちゃんからきっぱり断ち切ってくれればいい。
そう思って口をついた言葉だったのに、俺の予想に反してナマエちゃんはみるみるうちに鬼の形相になった。

「はあ? いつまでそんな態度でいるつもり、いい加減にしてよ。もうそろそろおっさんなんだから自分のことくらい自分で決めたら? 人と人が関わり合ったら傷つくのなんか当たり前ってことくらいわからないの」

吐き捨てるように、むしろ半ば怒鳴るように、ナマエちゃんが文句を言い終わると、いつしか部屋はしんと静まり返った。
冷たくされることはあってもこんなにハッキリと怒りを表明する所なんか初めてだったから、俺も俺でどう対処していいかわからない。突き飛ばされたり、怒鳴られたり、そんなことさせてる俺は最低だと思った。

「傷つけ合うのなんて、そんなの、好き同士だって同じでしょ」

ナマエちゃんは悲しい顔で言った。
俺はその言葉の意味を考えていた。それってつまり、どういうことなの。

「私は」
「……うん?」
「私は、ずっと羽鳥と傷つけ合ってみたかった」

多分、ずっとずっと堪えていてくれた、涙の粒が彼女のまぶたの縁からこぼれ落ちた。

タイトルとURLをコピーしました