「一応聞きますけど、毎日毎日何しに来てるんですか」
「別に何もねえよ」
「はー」
ナマエは盛大なため息とともに、テーブルに紅茶を置いた。
なんの話をするという事もなく、来られる日はここに来た。注文はプレーンとシナモンとホットチョコレートのチュロスをローテンションでふたつ。ナマエはサービスの紅茶を淹れて持ってきてくれる。いちいちおれが「おまえのチュロだ」と言って渡さないといけないけれど、渡せばちゃんとおれの隣で話を聞いてくれた。
本当に身のない話をした。未だに“ナマエの人生”は何も知らない。ナマエの身の上だとか、この店のルーツだとか、そんな話はしなかった。おれの事も話さなかった。
ナマエはおれの事、どこまで知っているのだろう。
あれからまた月日が経って、おれの賞金は益々値上がりした。ファミリーも増えたし、今後のビジネスの見通しもできた。非人道的な部分がある事は自覚している。
ただ、自覚はすれど、それが悪い事だとは思っていない。おれはおれの正義を貫くだけだ。
「今更だけど」
「なんですか」
「おれの事、知ってる?」
「はあ? ドフラミンゴさん」
「そうじゃなくて、なんつーか、おれの仕事とか」
「知ってるわけないじゃないですか」
「……そうだよな」
ナマエはしれっと言い放ち、チュロをかじった。当たり前の事を言われただけなのに、少しだけ寂しい気持ちになった。
「気になる?」
「別に」
「おれ海賊だけど」
「知ってますよ、賞金首が何言ってるんですか」
「海賊って悪い人なんだよ」
「元々いい人には見えないんだから丁度良いのでは」
「だよねえ」
「ええ」
おれとナマエの間には、見えないけれど確実な壁がある。
透明な壁の向こう側に触れたくなったり、触れられたくなったり、ナマエと話していると気が狂っているかのような願望に襲われる。
誰かを受け入れたり、欲してみたり、期待してみたり、願ってみたり、今更そんな事考えたりしなくなった。
はずだった。
「ナマエはおれが嫌い?」
「今日のドフラミンゴさんは変なことばかり聞きますね」
「前に嫌いって言ってたから」
「……まあ、こうやって毎日毎日懲りずに営業妨害してくる根性とかは、嫌いじゃないですけどね」
「そう。おれもナマエの口悪いとこ嫌いじゃない」
「気持ち悪いです」
夕日に照らされたナマエの顔を横目で捉えた。柔らかそうな髪を一つに束ね、ナマエの体が動くたびにふわりと浮いた。
長く伏せた睫毛。
細い首筋。
血管が見える小さな白い手。
今がひどく儚いものに思えた。
「ナマエ」
好きだ。
ずっとずっと引っかかっていた言葉が飛び出すかと思った。慌てて紅茶で飲み込んだ。飲み込んだ小骨はまた喉に突き刺さる。
ナマエは怪訝そうにおれを見て、なんですか、と不機嫌に呟いた。
「そろそろ帰る、また明日をお楽しみに」
「全然楽しみじゃないです」
素っ気なく視線を外したナマエには、おれの微笑みは届かない。ごちそうさま、と言ってグラスを返した。
席を立って数歩踏み出してしまえば、今日のおれとナマエの時間は終わるのだ。
「ナマエ」
「なんなんですか」
「もう来ない方がいいかな」
「誰もそんなこと言ってないじゃないですか、……来てもいいですよ」
「ありがとう」