この間、ナマエが嫌いじゃない、と言っていたけれど、あれは本心だと思っている。本当の所なんて全然わからないけど、嘘じゃないと思う。
むしろ、貼り付いたような笑顔をするナマエがおれに怒ったり冷たくすることは、実は特別なんじゃないかと思っている。
思い上がりかもしれないけど。思い上がりでもよかった。
「チュロふたつ」
「……」
「久しぶり」
この前は「明日来る」とか言って行かなかったから拗ねてるかも知れない。なんてちょっと淡い期待なんかしていた。
会いたいって思ってくれているだろうか。そうだったらいいな。
「……800ベリー」
「この間来れなくてごめん」
「……」
おれの想像していたのとはまるで違う反応のナマエがそこに居て、さっきまで軽口たたこうとしていたのに全部の計画が崩れ落ちた。ナマエはおれの方を一度見ると、事務的な会話をしつつも始終俯いたままだった。
なにこれ。
表情も見えないし、言葉数も少ないし、なにもわからない。
いつものようにふたつのチュロと引き換えに5000ベリーとチュロをひとつ渡すと、ナマエは無言で受け取った。受け取るって事は、一緒に食べてくれるって事?
動揺しつつもいつものベンチに腰をかけた。感じたことのない空気に、おれはナマエの方を向けなかった。ただ無言で俯いて、ナマエがいつもみたいに紅茶を持ってきて、この空気が打破される事を待っていた。
「ドフラミンゴさん」
「はいっ」
思わず上ずった声が出てしまった。情けない。
隣にナマエが座ったのがわかると、更に緊張してきた。このあと何を言われるのか、良い想像と悪い想像が交互に襲う。
ちらりとナマエの表情を見ると、思いっきりおれを凝視していた。予想だにしていなかったナマエの視線に、おれもそのまま固まって、お互いに凝視し合ってしまう。
少しやつれたかな。前より、頬がこけたような気がする。
それでも、やっぱり、かわいいな。小さな鼻とか、まるい目とか、かわいい生き物。
しばらくすると、ナマエは少し俯いておれから視線を逸らした。
え、なんだそれ。今日のナマエはなんかおかしい。やっぱりおれのせいかな。
「別に、本当に、全部のドフラミンゴさんの事嫌いじゃないですから」
「は、全部……?」
「本当営業邪魔してくる所とか、勝手にポスター貼ってく所とか、場所占拠してくる所とか、女連れて歩くセンスない所とか、実際嫌いな所いっぱいあるんですけど」
「ね、ナマエ、悪口やめて……」
「とりあえず最後まで聞きいて!」
「はい」
ナマエが怒った……
怒鳴られるのは二回目だけど、前に怒鳴られた時とはなんか少し違う。
あまり口を広げずに、ぼそぼそと言葉を漏らすナマエの顔が、みるみるうちに赤くなっていった。耳が真っ赤だ。どんどん下を向いてしまうせいで、表情が読めない。
「今まで、あの、もし傷つけていたならごめんなさい。ドフラミンゴさんが嫌いというわけじゃないんです」
「……」
ナマエがこちらを見ていないのを良いことに、おれも見ていられない表情になっていた気がする。はっとして左手でサングラスをかけ直すふりをした。
新しいナマエだ。
新しいナマエに出会う瞬間、おれはいつも驚いたあとに嬉しくなって笑っていたのに。なんだこれ。このまま見ていたら、違うおれになりそうだった。
「!」
突然左の太ももに手を乗せられて、鳥肌が立った。よくわからない感情がぞくぞくと駆け上がる。
手だけおれの所に伸ばしているナマエは、まるでおれを頼りにしているようだった。
「あの、その、ごめんなさい」
「え?」
「怖いんです」
ゆっくりと顔をあげて、おれを見るナマエは泣きそうだった。今までで一番自信のない顔だった。
いつもはっきりとした言葉で話す普段のナマエからはまるで考えられない表情を向けられて、動く事ができなかった。返事もできない。
ただ、何かよくわからない感情が溢れそうなのを必死に押さえつけてナマエを見つめる事しかできなかった。とんだ腑抜けだ。
いつもナマエの事を上から見据えて保護者気取りにでもなっているつもりだったのだと、今気がついた。
知らない、わからない、などと言って、全部知ったような気でいたのかも知れない。おれは馬鹿だ。
こうやって弱い顔をするナマエを目の当たりにした時、おれは何もできない。どうしたらいい。何も頭に浮かばなかった。
「……怒りましたか」
「いや、その」
「じゃあなんか言ってくださいよ!」
「え……」
びっくりしたー。
突然大声を出したナマエは立ち上がっておれを見下ろしていた。さっきまでのナマエはどこかに行っていて、いつものナマエの表情でおれを睨んでいた。
おれもできるだけ平静を取り繕った。綻ばないように、丁寧に。
「うん、大丈夫、そういうの全然気にしないし」
「ならなんでこの間来なかったんですか! 変な顔してたし、変な事聞くし、ドフラミンゴの馬鹿!」
やっとの思いでひり出したおれの言葉で、ナマエが激怒した。作り話でしか見たことないようなあからさまな怒りっぷりで、おれに背を向けて自分用のグラスを持って屋台に戻っていってしまった。しかもどさくさに紛れて呼び捨てにされた。
戸惑いだ。
そう、戸惑い。
驚いたし、可愛かったし、嬉しかったし、焦ったし、困ったし、うろたえたし、可愛かったし、面食らってパニックになってフリーズした。あと、かわいかった。
全部混ぜると、戸惑いになる。
そして今、怒ったナマエを見て安心している。いつものナマエだ。
急いでチュロを食べて、紅茶を飲んで、いつもみたいにチュロの紙袋を小さくたたんで空いたグラスと一緒に屋台に走った。
「ナマエ、ごめんね」
「うるさい」
「いつもチュロと紅茶美味しいよ、ありがと」
「……」
「また来ていい?」
「……はい」