海の真ん中に小さな島がある。
木でできた家とボートがあって、ボートは頼りない桟橋に結ばれていた。デッキには古びた椅子がふたつ並んで、ドフラミンゴさんは片方に腰掛けて海を見ていた。海賊も海王類も、それどころか私たち以外誰もいない海はとても平和で、私は何も悩む事なくぼんやりと生きるだけでよかった。
からっとした暑さの中に気持ち良い風が吹く。
ドフラミンゴさんの金髪の頭を見ていたら、この間もいだオレンジの事を思い出した。そのうちの半分はワインと一緒に漬けてサングリアにしたのだ。冷蔵庫を覗くとサングリアはいい色をしていて、蓋を緩めるとさわやかな香りが広がった。それをグラスに注いで、デッキでくつろぐドフラミンゴさんに渡すと、ありがとう、と言って大きな口を開けて笑った。
太陽に照らされたサングラスが光って、レンズには私が映っていた。グラスを受け取るのと反対の手に引き寄せられて、私はドフラミンゴさんの上で海を眺める。
背中にドフラミンゴさんの心臓の音を感じながら、私の心臓の音が聞こえた。優しく頭を撫でられながら、ここは天国なのかな、と思った。
「ナマエ……?」
「……ん」
気が付くと目の前にドフラミンゴさんの顔があった。心配そうな顔で私の額に手を添えて、もう一度私の名前を呼んだ。
「なんかあった?」
「え?」
「嫌な夢でも見たの?」
ドフラミンゴさんが私の頬を拭って初めて泣いている事に気がついた。
あれは夢だったんだ。あんなに幸せな夢だったのに、なんで涙なんか出たんだろう。
あれは夢だったけど、私の目の前にはあの夢に出てきたみたいにキラキラした髪のドフラミンゴさんがいた。
ふと冷静になって昨晩の事を思い出してしまう。なんて事をしでかしてしまったんだろうと戸惑うと同時に、さっきまで見ていた幸せな夢が正夢になればいいのにと願う自分がいる事にも気がついていた。
「……大丈夫、です」
「……」
私は寝起きで、もちろん裸で、ドフラミンゴさんの部屋のベッドで良質な素材であろう柔らかなシーツに纏われていた。それなのにドフラミンゴさんはガウンなんか着ていてずるい。
スースーする胸元が気になってドフラミンゴさんに掛かっていたブランケットを手繰り寄せた。
……のと、同時に、ドフラミンゴさんもこちらに近づいて額と額を付けられてしまった。
まだ自分の中で整理もついていないのに、どんな反応していいのかわからない。視線を合わせないようにするのが精一杯だった。
「ねえ」
「は、はい」
「……ずるいこと訊いてもいい」
「いやです」
「訊くけど」
「えっ」
ドフラミンゴさんの手のひらが私の顔を包んだ。ドフラミンゴさんの手は私を包むには大きすぎて、指先が頭を撫でた。優しい指の動きとその温度に、思わず瞼を閉じる。
ずるいこと、って、そんなの大体想像できる。
「あのさ」
「……」
「あの、」
「……」
「お、おれのこと……」
少し前まで私の店を荒らしていた人だとは思えない。
ドフラミンゴさんは指先をもじもじさせて熱くなった額をくっつけたまま言葉を続けられないでいる。いつになったらその先を言うのだろうか。
好きだとか、愛しているだとか、浮ついた台詞なら言い慣れているでしょう?
何人も女引き連れて歩いていたのを忘れてなんかいない。同じようにたぶらかせばいいのに。今の私ならきっと簡単に。
「やっぱり無理!」
ドフラミンゴさんの叫び声と共に私の頭と体には開放感が訪れた。
目を開けるとそこに彼の顔はない。隣に視線を向けると、私に背を向けて、私から奪ったブランケットにくるまりながらごろごろとのたうち回っている。
「あの?」
「やっぱりずるいこと訊くのやめる」
「は?」
「ちゃんと待つ、ナマエが自分から言ってくれるの待つ。 ……おれのこと、好きって」
「……」
大きな体を小さく折りたたんで、背中越しに頼りない声で語りかけてくる様子は酷く滑稽だった。
滑稽で、それで、
とても、愛しくて、
「私のブランケット取らないでください」
「あっ、」
やっと振り向いた。
さっきまで私が顔を合わせるのをためらっていたのに、この有り様に笑ってしまう。おもちゃを取り上げられた子供みたいな顔をしている彼を見ているのは楽しかった。
いい歳をして、ふたりでブランケットを取り合った。
けどブランケットを広げれば、ふたりともちゃんと収まる。もー、と少し呆れて笑ったドフラミンゴさんが広げて掛けてくれた。
ブランケットの中で繋がれた手が暖かくて気持ちよかった。
「今日はこうしていよう、一日ずっと」
「はい」
「……明日からは、どうなってもいい。ナマエのしたいようにすればいいよ。だから今日は一日中おれと恋人でいて」
「はい」
抱き寄せられた腕の中で目を閉じた。
回された腕の中は、夢で見たあの時みたいに暖かくて、ドフラミンゴさんと私の心臓の音が聞こえた。
「ナマエ、愛してるから」
ずっとそばにいてね。
聞こえるか聞こえないかくらいの、祈るようなドフラミンゴさんの声がした。目を閉じているとまたあの夢の続きが見られるような気がした。
風が気持ち良い。私とドフラミンゴさんが密着している所はじわじわと熱い。
世界中から抜け出したみたいな島の上で、彼と何もしないでいられる事は、それはそれは
「しあわせです」
「ああ、ナマエ、おれもしあわせだ」