DEAR.悟浄 01|餞別

あの日、勝手に勘違いして勝手に心配して勝手に人のプライベートを荒らした挙げ句、最後に「くだらねぇ」と吐いて捨てた悟浄を見て、私は泣いた。
久々に嗚咽するほど泣いたけれど、大声を出すわけにもいかず、窒息するんじゃないかというほど枕に顔を押し付けて声を殺した。

そして翌朝、私はひとつの決意をしたのだ。その決意が揺らぐ前に、今日が迎えられてよかった。
私の頭のてっぺんは、悟浄の肩ほどにしか届かない。手の位置ももちろん大幅に違うから、自分で掴みにいかない限りは絶対に触れることはない。

「なんか二人きりで買い物なんて超久しぶりじゃねーか?」
「最後は何年前だったやら」

みんな放ったらかして好き勝手やってたんだもの、当然だ。
家の事だって買い物だってほとんど私と八戒でやっていた。別に不満なんかなかったけど、あわよくばこうして今みたいに二人きりで出かけたりしてみたかった。

「今日は急にどーしたんだよ、二人で出かけたいなんて珍しいな」
「二人暮ししてた頃が懐かしくなっちゃって」
「ホームシックかよ」

もう二度と帰れない場所へのホームシックになるなんて、最悪すぎ。
今に比べればまだ遠慮があった。私も悟浄も他人との共同生活に慣れてなくて変に気を使ったりして、家だとちょっとぎこちなくて。時々こうして外出すると出会った日みたいにおしゃべりできた。
だからふたり暮しの頃は結構一緒に出かけたりしたけど。

「またおっちゃんのラーメン食べたいなぁ」
「帰ったら行ってみようぜ」
「死んでないといいけど」
「縁起でもねえな」

あのラーメン屋は一緒に住み始めてからもよく行った。特別美味しいわけでもないラーメンだったけど、悟浄と一緒に食べるラーメンは人生最高の食事だった。

「じゃあ今日の飯はラーメン」
「そうしよう」

いつの間にか家でも普通に話せるようになったのは、多分あのおっちゃんのおかげじゃないかな。
帰ってこない悟浄に怒ったこともあったし、余計なことすんなって怒鳴られたこともあったし、悟浄から女の匂いがすごいから私も男の匂いつけて帰ったらめちゃくちゃ怒られてこっちも信じられないくらいブチ切れたこともあった。

……こう思い返してみると、自分が思っていたよりも感情を剥き出しにしていたかも知れない。
だけどそれももう昔の話になってしまった。八戒が来てからは老夫婦みたいに穏やかな生活だった。夫婦だった瞬間なんて1ミリもないのに。

「あ、ナマエ、ちょっとこっち」
「なに」

悟浄に腕を引かれて商店街の小さな店に立ち寄る。細々キラキラとしたアクセサリーがたくさん並ぶ雑貨屋に、一体なんの用だろうか。

「んー、これか、これか」
「そんなの悟浄の頭にはメルヘンすぎるんじゃないの」

そういえばこの間ヘアゴムを1本失くしたと言っていた事を思い出した。それにしたって白い花飾りとキラキラのお星様で悩むのはさすがに乙女すぎやしないか。
悟浄に似合うのは、もっとこう…… ああ、こういう無骨なシルバービーズのワンポイントが入ったやつとか、ターコイズのコンチョのやつとか、そんな感じじゃない?
ふたつを手に取って悟浄の方を向くと、悟浄はさっきの花飾りとお星様を持って私の頭に当てた。

「え」
「ポニーテール、似合ってたぜ。買ってやるから時々すれば? 昔はよくしてたじゃん」
「あ、うそ」
「嘘じゃねーよ? せっかくなら似合ってる飾りのやつにしよーぜ」
「……」

予想してなかった。でも思い出した。昔はこんな風にデートみたいな買い物もしてたんだ。服選んだり、お互いの好物を買ってみたり。

「どっちも似合うからどっちもやるわ」
「悪いよそんな」
「ハハ、なんだよ、急に遠慮すんなって」
「う、ありがと」

悟浄が店番のおばちゃんにお金を払うのを見て、慌てて後から自分の手にあったふたつのヘアゴムを買った。花飾りのヘアゴムはすぐに私の頭の上に結ばれて、昔していたようなポニーテールになった。

「いいね」
「傷のとこ目立たないかなあ」
「別にいーじゃん、俺らとの旅の勲章みてーなもんなんだし」
「……そっか」
「そうそう」

ひとりきりになった頃に「幸せになれますように」って、願掛けのつもりでいれた流れ星のタトゥだったけど、幸せかどうかもよくわからないうちに真ん中から半分に割れた。
割ったのは私だけど。願掛けなんかしてもしょうがないから。悟浄と八戒の帰りを待ってるような私じゃ、きっといつまでも幸せなんか感じられない。

「悟浄! 悟浄もこれ、つけて」
「なんだよ買ったのかよ、サンキュー」

シルバービーズのついたヘアゴムは、すぐに悟浄の流れるような綺麗な紅い髪に結ばれた。あーあ、またお揃いだ。
よく考えてみれば、死ぬほど面倒くさがりの悟浄が女の買い物に付き合ってくれるってだけで超優遇だ。かといって男の買い物に付き合うのかと言ったらそういうことではなく、私が女であって女ではない、言い様のない特別な存在だからなのだと思う。

「ねー、宿まで手繋ごうよ」
「なんじゃそりゃ、意味不明ー」
「悟浄の手は大きいね」
「イケメンだから」
「それ関係あんの?」

普通にしてても届かないけど、私が手を伸ばせば悟浄は必ず握ってくれる。
この距離感が、私たちにとっては大切なことなのかも知れない。嫌がられるほど近づいたり、届かないほど離れたり、お互いに気づかないうちにそんなふうになるのは一番嫌だ。このまま、そんなふうになるのは嫌だ。

だからもう大丈夫。
妄想の悟浄とは今日でお別れにしよう。バイバイ、私だけの悟浄。

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