プラチナ 12

少しだけ、手が震えた。
目の前にいる大切な生き物を、汚そうとしているのか、守ろうとしているのか、自分でも判断できない。

「ん!」

無理矢理顔をこちらに向けてキスをすると、さっきまで泣きじゃくっていたのが嘘のようにナマエの時間が止まった。
ナマエを連れてきたあの日と同じ柔らかくて温かい唇は、あの日と違って血の味はしなかった。

「本当だ」

ナマエの時計の針を進めるように、そのままベッドに押し倒して顔と顔を突き合わせた。触れそうで触れられない距離で見つめ合ったナマエは、今までのどんなナマエよりも可愛く映った。
頭に触れ、額を優しく撫でるとぴくりと眉が動く。
ナマエの時間がまた動き出した。

「ねえナマエ、おれの事嫌いでもいいよ」
「え」
「好きな所もあるよね?」

ナマエの腕をおれの首に回すように促すと、なんの抵抗もなく簡単に抱き合うみたいな形になった。おれの投げかけた質問に戸惑いながら頷いた。
自分を探して迷子になったナマエは子供みたいだった。
さっきまでの涙のせいで潤んだ瞳がおれを刺す。そんな目でおれの事見るなんて、ナマエは馬鹿だ。おれがどんな思いでいたかなんてまるで考えていない。もう一度頭を撫でると、おれの手のひらに額を擦り付けるようにして甘えた。
耳元で「もう片方」と呟けば、その通りになった。褒められる事を望んでいるみたいに、自ら頭に置かれた手に寄る様子に、煽られた劣情はどうすることもできない。

「どんなナマエでもいい、ナマエはナマエだ」

今、おれはナマエに許されている。

「おれはこれから変わっていくナマエも、変わらないナマエも見たいんだ」

再び唇を落としながら、目一杯撫でてやった。甘えてくるナマエの唇を割ってその先に触れるのは簡単だった。柔らかい舌がおれの口の中で不安そうに揺れる。
まるで現実味がなかった。
おれはこんなにも欲にまみれているくせに、ナマエとこんなキスをする日が来るとは思っていなかった。ぬるぬるとした舌触りと、戸惑いながら目を閉じたナマエが可愛くて可愛くて血管がざわつく。
唇を離し、額と額をつけたままナマエを撫で続けた。反対の手でワンピースを捲りあげつつ、この後どうすべきか考えあぐねていた。

「どうしたい?」
「なんで聞くんですか」
「ナマエがどうしたいか知りたい。ナマエはおれの事知りたいと思う?」
「……」
「おれはずっとナマエの事が知りたい。どんな顔するとか、どんな風に感じるとか、どんな声出すとか、全部知りたい。ナマエの事でどうでもいい事なんてひとつもない」
「……でも」
「ナマエが嫌なら何もしない。もうキスしちゃったけど」
「……」

困ったように、照れたように、怒ったように、いつもとは違った顔で睨んでおれを刺すナマエが可愛い。可愛い可愛い可愛い、って、この間からそればかりだ。
いつからおれはナマエに支配されていたのだろう。

「頭」
「頭?」
「撫でて」

消え入りそうな語尾を拐った。ナマエの腕を引き込んでごろんと半回転すると、おれの上にナマエが乗った。右手で胸の上にナマエの顔を抱えるように撫でる。
前開きのおれのシャツが開けてナマエの頬が直接肌に触れた。カッとなったおれの肌に触れた体温は微温く、ナマエもおれと等しく熱ってるのかと思うと興奮が止まらない。

「あの」

体と体が密着しているせいで、おれの勃起したちんこが思い切りナマエの腹に当たっている。わざとこうしたつもりはなかったけど、別にいい。むしろいい。
身を捩って逃げようとしているナマエの腰を掴んだ。

「えと、ドフ」
「おれはしたいよ」
「……でも」
「……じゃあ、好きにしていいよ」

悲しい顔をして返事を渋ったナマエを、おれから開放した。両腕を広げると、ナマエは何にも拘束されない自由の身だ。いつだっておれから逃げられる。
それでもナマエはおれから退くことはしないで、むしろ温もりを探るようにおれの胸元に頬を寄せた。
表情は見えなかった。少しだけ胸が濡れた気がした。

「重くない?」
「は?」
「私の体重」
「何言ってんの、重いわけないでしょ。おれがナマエくらい運べなくてどうするの、一応海賊なんだからね? 船長だし国王だし七武海なんだけ」

言い終える前に、おれの唇は塞がれた。ナマエの唇に。とても想定していなかったその行動に、目を見開いた。
眉間にしわを寄せて、何かを懇願するようだった。悲しそうに見えた。
おれがナマエに無理矢理させているのかな。ナマエの事、追い詰めているのかな。
さっきまで追い詰めるつもりでいたくせに、こんな顔させるならしなきゃよかったと思う。我ながら情緒不安定で笑えてくる。こんなに悲しいのに萎えることすらしないちんこは一体なんなの。
ごめんね、ナマエ。

「そんな事しなくても、おれはおれでいるよ。ここからもいなくならないし、ナマエを追い出したりもしない。ここが嫌なら家を用意するし屋台も戻すよ」
「……そんなのわかってる」

ナマエの手のひらがおれの頬に触れた。小さな手のひらには、おれの顔は大きすぎる。それに、頼りない。
そんな悲しい顔しないで。おれが泣きたい。
おれもナマエの頬に触れて少し瞼を伏せると、ナマエの唇がもう一度降ってきた。ナマエは馬鹿だよ。
糸が切れる音がした。

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