プラチナ 02

「チュロスみっつ」
「はい」

今日も不機嫌。昨日も不機嫌だったし、明日もきっと不機嫌だろう。
原因はなんとなくわかっている。おれがこの店に足を運ぶと、それまで賑わっていた広場には打って変わって静寂が訪れる。
自分でもわかっているのだ。おれはこの街で異質な存在である。まあ当然といえば当然の事だ。ただ、おれにとっては関係のない話だ。おれは好きな所で好きな事をする。ただそれだけの事だ。

例の計画の下調べで、随分前からドレスローザに出入りしていた。とある繁華街の中央広場は、見渡しがよくて気に入っていた。それに拠点にするにはもってこいの地理でもあった。いつもこの街に来るとまずはその広場で予定を考えていたものだったが、ある日の朝、いきなりその計画を壊されたのだ。

昨日までなかったはずの見慣れない古びた屋台が広場を陣取って、傍らには女が一人。どうやら屋台の持ち主らしく、しばらく屋台の手入れをしていて、そのうち「CHURROS」と書かれた看板を出して商売を始めた。
朝の計画を奪われたおれは不機嫌極まりなかったけれど、その時分のおれはまだ目立つわけにはいかなかった。舌打ちをしてその場を去る事しか出来ない。
帰り道に今後の朝の事を考えたものの、まったくもって形にならず、とりあえず翌日もその広場まで足を運んだのだ。

あの日は気づかなかったけれど、次の日に見てみれば彼女には妙な違和感があった。顔面に貼り付いたような笑顔が、少しだけ気になった。周囲を伺うような不安を孕んだ視線。
……まあ誰にだって事情はあるだろう。薄暗い事情にまみれたやつなんて、いくらだって見てきた。
結局おれはこの街での拠点を変えた。なんとなく、彼女の事や広場の事が気になって何度か足を運んでしまった。 何故かあの日からずっと、彼女の笑顔が引っかかって仕方がなかった。ただ、元気にやっていればいいな、と、おれらしくもなく心配していたのかも知れない。
いつの間にか広場に彼女がいる事が当たり前になり、屋台も賑わうようになった。そのうち広場にベンチやテーブルを設置して、簡単なカフェのようになっていった。1ベリー足りとも彼女のチュロ屋に貢献していないくせに、嬉しかった。
それと同時に、計画を実行する時の事を考えていた。

その日からどれくらいの時が流れただろうか。出会った当時に比べればこの街に割く時間も減って、彼女の顔を見る機会も少なくなった。
その頃には名の知れた海賊になっていたと思う。そもそも億超えの賞金首だ。この街にだって知らないやつはいないはずだ。酒場に行けばポスターが貼ってあるし、そこらを歩けば人混みが割れた。
だから何という話でもないが、人に何か言われる機会などめっきり減った。良くも悪くも気が大きくなっていたのだと思う。おれは女を引き連れて、彼女のチュロ屋に行った。そんなおれを、彼女は叱り飛ばした。
あの日みたいに貼り付いた笑顔などではなく、心底嫌そうにおれを睨んだ。
ああ、こんな顔もできるのか。漠然とそう感じて、嬉しくなって、また来よう、と思った。
あの日と同じように、チュロス全員分、と注文をつけると、あの日と同じように、彼女はおれと両脇に並んだ娼婦の女を心底嫌そうに睨みつけた。彼女に睨まれるたび、出処の分からない言いようのない嬉しさと安心感が訪れる。
未だに自分の事がわからないだなんて、いい年して甚だおかしい話だが、本当にわからない。なぜ安心したのかも、安心などという感覚が理解できた事も。そもそも、出会った当初、なぜ彼女を心配したのかも。

「1,200ベリーです」
「釣りはいらねえよ」

そう言って、今日も彼女に5,000ベリーを渡した。いつも何か言いたそうに、紙幣を握って口をつぐむ。そして、ありがとうございました、と言うと、また不機嫌そうな顔をしておれを睨みつけるのだ。
この街に来るたびにこのチュロ屋に来ている。 ナマエの睨んだ顔から視線を外して、先にベンチに腰を下ろしていた女に紙袋を渡した。
金で買った女は楽で良い。いちいち機嫌を取る必要もないし、考えることもない。なにより煩わしいものがひとつもない。そこに何も残らない。
きっとおれにはその方が合っているのだ。 数時間後には適当に抱いて適当に別れ、もう二度と会うこともない。

「美味いだろ?」
「ええ、美味しいわ」
「本当に」

おれのせいで静かな広場。噴水のとなり。チュロ屋台の甘い香り。ここでチュロをかじる。この女たちと別れるまでの、刹那的な時間は日常の中でも好きな時間だ。視界にチラチラと屋台が映る位置取りは外せない。困惑したように、嫌そうに、おれを睨む顔が嬉しかった。
マゾヒストになったつもりはないが、ああやって今にも吠えかかってきそうな噛み付いてきそうな、野良犬のような威嚇した態度がただただおれにもどかしい気持ちをくれた。
喉にひっかかるような小骨のようなそれは、おれの世界に彼女が映ったあの日から、消えること無くそこに残っている。
今日も女たちと談笑をしながら、視界の隅に彼女を捉えた。

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