プラチナ 01

私の嗅覚はいつだって正しい。
生まれた時からずっと、私の勘は当たるのだ。

客商売をしている身で、こんな事言うのもどうかと思うけれど、私は慈善事業で商売をしているわけじゃない。一目見たあの瞬間から、絶対にろくでもない客になると思った。ろくでもない客なら、来ない方がましだ。
あの日、遠目に見えた大柄の男の周りには、何人もの美女が取り巻いていて、それはそれは通行の邪魔だった。女の大群を率いて、いろんな店に出入りを繰り返していた。
街の中央広場に構えた私のチュロ屋台からはその男の様子が丸見えだった。
そう、忘れもしない、あの日はいつもの小さなお客様がチュロを買いに来ていた。
一人でこの街に来て、生活をするために右も左もわからないまま店を開いた。やっとの思いで、店を出せるこの場所を見つけた。私が店を構えて、最初のお客様であり、最初の常連様だ。
私はこの店を守らなければいけない。少年との会話は大切な時間だった。

「おい」
「はあ?」

あの男はそんな大切な時間に割り込んだのだ。あいつとのファーストコンタクトは最悪な印象そのものだった。私は、あまりに不躾な呼びかけに、その声の先を睨みつけた。
さっきまで買い物を楽しんでいたはずの群れが屋台の店先にわさわさと集まってきていた。

「チュロス全員分」

サングラスをかけたあいつは、隣にはべらせた美女にデレデレしながら私の事なんて見もしないで注文をつけた。
どんなにモテる男か知らないけれど、きちんと顔見て注文もできないような男じゃたかが知れてる。こんな男にうつつを抜かす女も女だ。どんなに美人でもろくでもない女だ。大体「全員」って何人よ。数くらい自分で言いなさいよ。本当どうしようもない客だわ。
と、思ったのを覚えている。
今でもそう思う。

「ちょっとアンタ、この子が先に来てるんだから後ろに並びなさいよ、いい年して順番も守れないの」

私の店は私が守る。いや、本当は傍若無人なあいつの態度に腹が立って、不機嫌に注意した。
あの時はそんな風にかっとなってしまったけれど、今になって思えばそれがいけなかったのかも知れないと、少しばかり後悔をしているのも事実だ。
あいつはぽかんとして私を見ると、視線をおろした所に少年がいるのをみつけて驚いた顔をしていた。
揚げたてのチュロスを少年に渡そうとすると、あいつがそれを受け取ったのだ。そしてそれを少年に渡すと、頭を撫で付けて、悪かったな、と言った。
あのあと、なんて言ったっけ。あいつの良い思い出なんて、どんどん消えてしまう。
ああ、そうだ、あの頃はまだ私の名前も知らなかったのだ。知られるつもりもなかったけれど、知られてしまった今とは違う呼び方をしていた。

「ああ、ねえちゃん、代金はおれのと同じにしてくれ」

そして、愛想のいい顔つきで、じゃあなー、少年に手を振った。いいやつみたいな顔をしていて、ぎょっとしたのだ。
あの時の顔が忘れられない。馬鹿らしい。どうでもいいのに。
しばらくすると、また人目など気にも留めない様子で女とイチャイチャしだした。

「ちょっと、お客さん」

相変わらずこちらを見ないあいつと女を遮るように声を掛け、紙袋に詰めたチュロスを押し付けた。全員分、などという適当な注文に、私も適当にチュロスを揚げた。数なんか覚えていない。多少実際の値段より安くたって構わないから、早くこの場から去って欲しいと思っていた。
女の腰を撫でまわしていた手がそこを離れて、紙袋を受け取った。朝から嫌なものを見せつけられた気分だった。
今も、時々、そう思う。嫌な気分だと。

「おう、悪かったな。チップとでも思ってとっといてくれよ」

また来るぜ、なんて、とても嫌な台詞を残して、私の手に嫌味たらしく5,000ベリーの紙幣を握らせたあいつは、背を向けてどこかへ去っていった。
あの時の私の嗅覚は誰がなんと言おうと正しかった。
こんなふうに、あいつが寄り付くようになって、あいつが広場に居座っている数時間の間はあいつの売上以外入らなくなった。変な噂でも立てられているかも知れない。いっその事、今やあいつ専用と化したあのテーブルもベンチも全部片付けてしまおうか。
今日もあいつは、私の店先で女をたぶらかし、私のチュロを囓っていた。そしてあと数十分して日が暮れる頃になったなら、席を立ってゴミになった包み紙を持ってこちらに来るのだ。

「美味かったよ、また来るぜ、ナマエ」

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