プラチナ 09

天気が良い。テラスにはおれたち以外誰もいない。気持ち良い風が吹いて、海の水面が小さく波立った。
わざわざこんな国まで来た甲斐があった。ドレスローザでは穏やかにいかなかっただろう。今のドレスローザは、ナマエが知っているドレスローザではない。おれはナマエの帰る場所を壊した。
食卓にはワインの注がれたグラスと、トマトソースのパスタが並んでいた。花瓶には黄色い花。今までの事なんてみんななかったように、穏やかな時間。

あの日の続きみたい。
最後にナマエのチュロ屋のいつもの席でナマエに怒られたあの続き。もし、おれが、七武海にならなかったら。ドレスローザを襲わなかったら。あったかも知れないあの日の続き。
ナマエと話したくてこの食事に誘ったはずなのになにも言葉が出てこない。あの日みたいに俯いたナマエの表情はわからなかったし、冷静になればなるほどあんな事しておいてこんな席まで設けて、ナマエはどう思うだろうという疑問に支配されてきた。

あの日と違うのは、おれはもうナマエの事を直視できなくなっていたという事。
それがナマエのすべてを奪った罪の意識から来るものなのか、それとも愛を自覚したからかはわからない。
ただ、止まらない指先の震えは、おれの心臓の震えだという事はわかった。どくんどくんと脈をうつ心臓に合わせて震えているんだ。

「慰めとかなら、いらない」
「そんなつもりじゃない」

ナマエに初めて強い口調の言葉を吐いた。ついでに言えば若干睨んだ。
その時、あの日以来初めてナマエと目が合った。モネが無理矢理食事させてくれていたとは言え、随分痩せた。おれの口調に驚いたのか、いつもより少し大きな目がおれを捉えていた。でもそれはすぐにどこかへ行ってしまって、きつく睨み返された。

「私だけ生かしておいて何が楽しいんですか、からかうのもいい加減にしてください」
「違う!」
「何が望みですか」
「そんなんじゃない」
「じゃあなんで私だけ」
「それは」

ナマエはナマエのまま側に置いておきたかったんだ。……好きだから。
取り乱した勢いでもその言葉の続きは言えなかった。泣きそうなナマエの顔を見て、心臓の奥がギューっと縮こまった。締め付けられるような苦しさから逃れるようにナマエの手を握る。とても冷たくて、頼りない手。指と指の間に交互におれの指を絡ませていくと、その指の細さがより際立つ。

「わからない……?」
「え」
「なんでおれがナマエを連れてきたか、わからない?」
「な、だ、そんな」

じっとナマエの目を見つめると、動揺したように瞳が泳いだ。みるみるうちに耳が赤くなっていく。さっきまで直視できなかったのがまるで嘘のようで、今のおれは刺すようにナマエを捉えた。
わからない?
なんて、ナマエのせいにして、おれは逃げた。そうでもしないとおかしくなると思った。自覚した愛を黙って抱えていられるほど、おれの命はきっと長くはない。
絡ませた手をナマエの膝に置いた。ぴくりともしない無防備なナマエの耳元に顔を寄せる。

「今日はデートのつもりだった」
「……」
「それがどういう意味かわかるでしょ?」
「そ、そんなの」

消え入りそうな声を出しながら、顔を背けようとするナマエの顎に手を添える。
これ以上おれから視線を逸らせなくなったナマエは、せめて目を合わすまいと必死だった。どうにかなる前になんとかしようとしてナマエのせいにしたくせに、これじゃ全然意味ない。我慢しようと思っているのに体が勝手に動いた。

「おれのこと嫌い?」
「そんな」
「じゃあ好き?」

抵抗した小さな手がおれの腕を押し返そうとするけど、そんなものに応じるほどの欲なら最初から手なんか出さない。

「ド、ドフラミンゴさ」
「ナマエ、」
「近い、です、そ、それにあの、なんで、その、手、手、手とか」
「ねえ、ナマエに言いたい事があるんだけど」
「え」

こんな所でかわいいナマエを堪能するのはもったいない。それに、おれとナマエはそれよりも前にしなければならない事がたくさんあるはずだった。

「おれ、ナマエに嫌いな所たくさんあるって言われて傷ついたと思った」
「あ」
「だからおれのお願いきいてほしい」
「……」

大人しくなったナマエの耳元に、おれの願いを届けるのはとても簡単な事だった。
それからいつものふたりに戻った頃には、テーブルに並べられた料理は、もうとっくに冷めていた。

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